本編

□魔鉱山の異国人
1ページ/11ページ


超越論(ちょうえつろん)…?」

 聞き覚えのない説に、リシアは首を傾げてなんだろうと考える。

「自己の認識を認識する自己、この世を超越した場にて己を考える哲学の説さ」

 そう黄金の目を持つ、人でない青年は言う。リシアはそれを聞いて言う。

「哲学ねぇ…学問としてくくりつけてるけど、自分の意見の押しつけ合いじゃないか」
「別に俺が哲学が好きで言ってるわけじゃないよ」

 青年はそう言うと、果てしない程巨大な扉の前に座りこむ。

 この閉じられた両開きの扉の隙間から、僅かに輝く粒子が行き来しているのが見えた。それを辿っていくと、足元の無色透明の花から出ているものであったのに気付く。

「そういう所なんだよ、ここは」
「訳がわからない、です」
「そう。わからなくたっていい場所。それこそ、夢と断定していいくらいの」

 青年はそう言うと、どこからか背表紙だけでも掌を優に超える程分厚い本を取りだし、ペラペラとめくる。そして、思い出したように言う。

「そういうや名前聞いてなかった」
「夢なんだからそのくらい察せるだろ」

 相手の口調がだいぶラフなために、崩れた敬語がすっかりなくなったリシアは意地悪そうに、どこか拗ねているように言う。

「あーもー!にわか知識人め!」
「言ったら悪用、乱用されそうで」
「俺は悪魔か何かかよ」
「じゃあそうじゃない証拠は出せるのか?」

 リシアはそう言うと、青年は仕方ない、と呟きながら四枚の翼を開き、左手を上げ、闇を纏うと大鎌を取り出した。片手には先ほどの分厚い、大きな本を持ったままだ。

「死の天使、アズラエル。神の救い、神を助ける者」
「…天使ねぇ」
「まだ信じてない?」
「天使って想像以上に禍々しいなって」
「そういう職種なの」

 アズラエルは鎌をどこかに消し、本を持ったまま腕をくむと、また言った。

「で、名前は?」
「…リシア。リシアース・エンデ」
「今、ちゃんと名乗らないと罰が当たるとか思った?」
「……さぁ?」

 リシアはそっぽを向く。
 そして、自分のこの行動が肯定の意味にとられるのではないかと思うと、少し子供っぽかったと思って恥ずかしくなった。嘘でも否定しきればよかった。

 それを見てアズラエルはニヤニヤと笑うとまた分厚い本をめくり、あるページでぴたりと止めると、淡く光る文章を左手で辿る。
 文字はその形を保ったまま宙を漂い、リシアの目の前に移動する。

「俺の名前?」

 リシアース・エンデ

「うん、合ってる」

 アズラエルはリシアと文字を直線上で見ながらそう言うと、手招きして文字を呼ぶ。
 すると文字は空気の流れに沿うかのようにふわりふわりとアズラエルの手に戻り、本に叩きつけた。

「ざ、雑だな…」
「こういうものだから」

 アズラエルは苦笑いを浮かべるリシアにそう言った。そして、続けて言う。

「うん、やはり、まだ君はここに来るべきじゃなかったのに来てしまった」
「…どういうことだ?」
「本来ここは『来るべきモノが(ことわり)の輪廻に還るための場』なんだ」
「更に訳がわからない」

 リシアは手を頭に当て、ため息をつく。アズラエルはしばし考えて言う。

「どこかの宗教で『死者は最後の審判を受ける』というのは知ってる?審判はしないけど、そんな感じ」
「つまり、俺は死んではいないけど死にかけてここに来たと?」

 アズラエルは頷く。

「そういうこと。極たまーにいるんだよ。けど、毎回じゃないし、身体が再生したらここの記憶はなくなるよ」
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ