本編

□チトセの燈
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 恐らくは、話してて気が付かなかっただけで、先ほど店内に入ってこちらに近付いたと考えられる。
 だが、全く気配を感じなかった。というより、影が薄い。肌は他より濃いのに。

 激痛に悶えるリシアを余所に、シロガネは言う。

「てめぇ…スープこぼれるところだったぞ」

 心配も何もない。無慈悲な、と思いつつもそうだ、これがシロガネだった、と実感する。リシアの珈琲はカップからこぼれたのか、アルバが布巾で丁寧に吸い取ってくれてた。

「メタトロニオスは…知ってはいたが、あまりにも初代の予言(オリートプロフェ)に頼りすぎている。なぜそれを実証する気にならないんだ」

 リシアの横で、立ったまま痛みの元凶が淡々と言う。

 アルバが、自身の横、リシアのテーブルを挟んで正面の椅子を引く。それに導かれてゴーグルを頭上に付けたままの彼は席に着いた。リシアは言う。

「サダルフォンの方々ってみんなそれ言いますよね…確かに、簡単に信じすぎだとは思ってはいるんですが、示す知識があるならそれを用いて発展していった方がいいのではと」
「…教科書が正しいなら、その出典先が宗教でもいいと。それは、いつか痛い目に遭う」

 オーダーをとりに来た店員に対し、リシアのカップのみを指さして無言で注文する。店員が分かったからいいものの、分からなかったから両者共に不快になるであろうに。

「それで、ウィズさん。話し合いはどうなったんですか?」

 国による価値観の差に不穏な空気を感じたのか、アルバが話題を変える。元より、それが主でこちらに来たのだから当然の流れだ。

 しばし間を空け、あぁ、と頷いた後、緑色の重たい目を開き、ウィズが言う。

「樹に埋め込まれた魔晶器の修理依頼の件を認めさせた。よって、今回のテロリズムのテロリストでないことを確認。尋問はなし」

 よっしゃ、と片手を握り言ったのは、口にフォークをくわえたシロガネであった。行儀が悪い。
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