本編
□天の涙
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そろそろヘメラが昇る頃だが、明るみは鈍く、重く垂れ下がった鉛色の雲が空を覆い、水滴を垂らしていた。
朝立だ。
少々出発は遅れるだろうが、雨上がりの土の臭いと澄んだ空気は、一休みした身体には爽やかに旅立てるだろう。
シロガネの安らかな寝息を聞きながら、風呂上がりから首にかけっぱなしだったタオルを窓辺に乾かし、リシアは思う。
アルバもソファーから窓の外を見ている。今晩も特に出歩くことや、不審なことはなく、いつも通りの黒目アルバである。
果たして赤目のアルバの繋がりが掴めるのか、もしかしたら黒目のアルバが赤目のアルバを操る存在だとしたら…などという奇想天外なことまで考える始末だ。
ふと、外の窓辺に菫色が目にはいる。見てみれば、宿の軒下で雨宿りをしていた女性がいた。リシアは窓を少し開け、声をかける。
「エスター…さん?」
薄桃色の看護服を着た女性は、間を開けて自分のことかと気付き、こちらを見る。
しかし、肌は少し日焼けした程度で黒くはなく、リシアの勘違いであったことに気付き、顔を赤くした。
「す、すみません!人違いでした」
「あら、そうなの。でもおばさん、見つけてくれただけでも嬉しいわ」
柔和な笑みを浮かべた女性は、歳を重ねた美しさがあり、思わず見とれてしまう。リシアは返答に困り、話を変える。
「朝早くにどうしたんですか…?しかも、この悪天候で」
もう少しで止みそうではあるが、未だに降り続ける天の涙を見る。
「待機中なの。仕事で来てるんだけど、一緒に来た子が単独行動しちゃって…」
ごめんあさぁーい、と間延びした声が聴こえる。
窓から身をのりだし、その方向を見てみれば、毛先の赤い黄色の髪をした糸目の人がこちらに向かって走っている。
全体的に黄色く、縁取られる青の服や、弧を描く袖口を見てすぐさま振り返る。
アルバは、どうしたのかと首を傾げながらこちらを見る。
似てるだろうかともう一度窓の外をみると、胸の膨らみや、露出した太ももから、女性であることが分かる。雰囲気、というよりは服の構造が似ているだけのようだ。
まさか、赤目アルバか?と疑ってみるも、もう一度ソファーできょとんとするアルバを見て、そんなはずはないか、とすぐに思考を変える。
黒目のアルバも、赤目のアルバも、同一人物ではないかというそっくりさだ。何となく似てる、というものではない。
糸目の女性は、菫色の髪の女性の横で立ち止まり、肩を大きく上下しながら言う。