本編

□春景色
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 アルバは左手の親指、人差し指、中指を胸に当て、右手で取り出したオルフィス教シンボル、円点弧を口元に近づける。

「…理に導かれし、我が友よ。無に帰す、我が半名を受け持つ物よ。永劫の巡る回帰の先で、また」

 マバルアが、メキメキと音をたて、曲がり始める。マバルアとアルバの距離が縮まる。
 ウィズも、アルムの人々も、一斉にアルバの名前を呼び、離れろと叫ぶ。それでもアルバは離れず、千年樹と向き合う。

「――我、始まりの魂の名を持つ者。全てを虚空に帰す『終わり(エンド)』を汝に示す。指し示す羅針盤すら、断罪せよ。虚無の彼方へ!」

 アルバは詠唱を唱えると、左手をマバルア突き出す。
 巨大な五芒星の魔法陣が倒れ行く千年樹を支えるようにして現れる。

 傾きを止めた火の大樹に、魔法陣から現れた光の線が、次々にマバルアに突き刺さる。全体として魔法陣に包まれた千年樹は、徐々に光に包まれ、粒子となって消えていく。

 人々がどよめく。怪奇な術に、人々は目を離せずにいる。

「嘘…だろ、あんな術……見たことない…!」

 遠くに避難させられたシロガネが、思わず上半身を上げるも、軋む身体に小さな悲鳴をあげて、再び横たわってそれを『視る』。

「……時空属性…!?あれが…ヘンテコと言われてた、属性の正体………か…?」


 夜の女神は不敵に微笑んだ。大樹は、最も愛してくれた始まりの子孫の手によって葬られた。

 ほらもう、生きた日々には戻れない。悲しいかな、美しいかな。
 風にたなびく重ねた黒い強がりが首に巻き付いている。これから彼は、息も出来ずに彷徨うよ。

 最後の粒子は、本来の大樹の花弁のよう。季節を失ったこの世界で見る、僅かな春景色。


 マバルアが完全に光となって消えると、アルバは膝をついた。久しぶりのこの術だ。疲弊は激しい。
 だが、それ以上に胸にぽっかりと開いた空虚を感じる。黒いマフラーただ揺れ、マバルアとの懐かしい思い出が浮かんでは消え、雲のように千切れていくようだ。

 アルムの人々がアルバに近寄りに支えられ、ようやく立ち上がる。背が震えているのを感じながら帰路の道を進む。


 晴れたニクスの方角に、そっと新たな命が、春のように輝いた。

執筆日 2015年10月19日
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