本編

□背負う覚悟
1ページ/10ページ


 広大なタート湖の中央に浮かぶ都市ハルワタートに赤い炎が散った。

 酷い爆発音と警報に、またか、と溜息を吐きながら、彼女は枕の脇に置いた眼鏡を手に取る。
 起き上がって窓を覗き込めば、今回は近くの港ので黒煙を上げている。またなのか、とぎゅっと手に力がこもる。

「チェイスちゃん!今日のはとても近くなそうよ!!避難しないと!」
「……うん。わかっ」

 また、下品な爆発音が響き渡る。その衝撃で思わずチェイスは尻餅をついてしまう。
 ここの部屋は二十階という高い所にあったためか、幸いガラスにヒビが入った程度でギリギリ飛び散ることはなかった。

 しかし、外…いや、下の階から悲鳴が聞こえる。不運にもガラスが割れ、自分のように窓辺にいたのだろうか。
 チェイスはゾッとする。その痛み、恐怖に。それと同時に沸き上がってくるものもある。

 こんなくだらないことを引き起こす馬鹿なテロリスト達に。

「…あんな連中に……」

 お気に入りのカーペットに、皺がよる。


 両親は、両国を取り持つ素晴らしい議会になる、と喜んでいた。それを見て自分は、つられて笑った。
 遠い遠い雪の地域に行く両親を、自分はいつものように手を振って見送った。

 そうして、リシアたちと義務学校生活をしばらくすごし、両親がまだ帰ってくるには早い朝、来訪のベルが鳴る。

 予定よりも早いそのベルに何の疑問を持たずに開ければ、二人の青年がいた。一人は青い軍服と、一人は赤を基調に所々に青の混じる宗教軍の服が目に入る。彼らは伝える。


 昨晩、あなたのご両親を含む一行が、テロリズムに逢われました。


 瞬間頭は真っ白になり、言葉が理解できなかった。それでも彼らは伝える。


 ご両親の、永劫の巡る回帰の先を御祈りします。


 ただ、呆然とした。実感のない死後の幸福の祈りの言葉は、胸をスッと抜けていった。

 両親が死んだというのを理解したのは、二人がボロボロの身辺の物と共に無言の帰宅をした時だ。
 両親だった物質は、一部は雪のように白く、それを彩る赤をちりばめ、身体の一部はどこかに忘れてきていた。


 なにこれ。


 祖母に怒られた言葉だが、今でもその表現は間違ってはいないと思う。こんなものは、私の両親なんかじゃないはずだ。

 二人は幸せそうに笑って、仕事で疲れたとのびをして、たまには喧嘩して。それでも満点を取ったら自分の頭を撫でてくれた両親だった。

 その手も、今はない。
 両親はまだ帰ってきていないのではないか、とも思ったりした。だが、そこにある耳の千切られた物は、確かに両親の顔だ。


 眼鏡に水滴が落ちるのを見ながら、奥底では焼けるような炎が静かに燃え上がる。


 チェイスちゃん、と叫ぶような声が再び聞こえる。はっとして立ち上がる。そうだ、今は避難しようとしていたんだ。

 本当に?

 腹の奥底の冷たい炎を感じる。脳裏に自分のような、自分でない声がした気がした。

 あなたはあの惨劇から何を望んだの?
 下がった眼鏡を中指で上げる。望んだこと。自分のやりたかったこと。

 そうだ。両親を戦火に巻き込ませた人の首根っこを掴み、二人を返してくれと叫びたい。
 その頭を吹き飛ばして、行き場のない怒りを静めたい。対象は、このくだらないことを起こす全ての猿で構わない。

 女神は無を望む。

「私は、復讐を望む」

 脳裏の声に、ポツリと答える。瞬間、再び外から爆発音が響く。流石にガラスは耐えきれなかったのか、チェイスに向かって弾け飛ぶ。

 咄嗟に顔は庇うも、服は裂け、激痛がはしる。だが、どこからか青年の声がしたと思うと、甲高い金属音が響き、その痛みが引いていく。

 その方向を向けば、窓の外であり、小さな植木鉢を置く程度しかないベランダに、片足で屈みながらバランスよく立つオルフィス教聖職者がいた。

 服の先端は焼け焦げているものの無傷の様子で、周囲には透き通る羽根が舞っている。
 金の髪の青年は、夜の女神に照されながらこちらを見る。

 赤い目だ。
 チェイスは息をのむ。青年は、柔和な笑みを浮かべながら言う。

「…いやぁね。魔粒子生命体(ルパーティクル)を使った第三勢力が割り込んで来まして……まさかまさかで、ちょっと苦戦しているんですよ」

 青年は、チェイスを『視る』。

「頼みたいことがあるのです。初々しい涙の信託者(オルクル)には、辛いことかもしれませんが…」

 チェイスは裂けた服の先に触れる。皮膚は健常になっていた。その、上腕を見る。
 燃える炎のような模様。魔紋章(マラーク)だ。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ