本編
□繋ぎ止める手
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カルスがアルバの家にやってきたのは、アルバの話通り翌日だった。リシアはウィズの横で、シロガネの義手の修理を見ており、カルスが入ってきたときのぎょっとした顔を見逃した。
そういえば、シロガネが義手を外す切っ掛けになったのは、カルスがシロガネの腕を掴んで転んだことだったな、とリシアは思い出す。
「…シロガネの義手、また付けられるかもしれないんだってさ」
ただの世間話なのに、それでもカルスの目を見て話すことができない。明るく話しかけたつもりが、途中から震えそうになる声をぐっと堪えるのが精一杯であった。
カルスを連れてきたアルバは、リシアにふっと柔らかな笑みを浮かべながら、寝室近くに向かい、戸を叩く。間抜けなシロガネの声がすると、アルバはカルスが来たことを伝える。
しばらくしてゆっくりとシロガネが欠伸を噛み締めながら出てくると、カルスは自分の手を握りしめていた。顔は俯き、呼吸は荒い。きっと自分も、こう見えていたんだろうな、とリシアは実感する。
「……ごめんなさいっ」
カルスはシロガネに頭を下げる。
「…僕は、シロガネおにいさんを傷付けた。オーキ君を助けようと…いや、オーキに言われるがままにして、マバルアも、アルバさんも傷付けた」
アルバは首を振り、口を開くも、それはカルスの声に掻き消された。すぅっと息を吸い込み、覚悟を持って。
「僕が責任を背負うよ!!」
リシアの腹の中の鉛が引っ張られたように重くなる。
「それが、オーキ君を助ける方法だと思ったんだ。最初で最後の、オーキ君の」
カルスの声は、途中で嗚咽が混じり、聴こえにくいものになってくる。シロガネはカルスに近づき、屈んでその顔をまっすぐ見る。
「本当か?」
シロガネから発せられた言葉は重く、カルスを跳ね上がらせる。一瞬でも感じ取ったのだろう。その責任の重さを。責任の負い方が酷なものであることを。
それでもカルスは歯を食い縛り、頷く。
「じゃあ、具体的にはどうするつもりだ?」
息が詰まる。カルスもだが、リシアもだ。後頭部を鈍器で殴られた衝撃が走り、意識が霞む。カルスは口から言葉が紡げず、脚を震わせる。
「お前らが邪魔しなかったら、もしかしたらマバルアは救えたかもしれない。けど、今はマバルアは消えてしまった」
シロガネは言う。リシアの脳裏に、思い出したくない光景が蘇る。
自分なんか比じゃない程期待されていた人望で、精神的にも身体的にも強い、黒髪の友人が失われた日。
「アルムの連中は口々に言ってたってな。『アイツのせいで大切な物が失われた』って」
葬儀の日の、彼の身内や友人達からの目。行き場のない怒りと憎悪の捨て場を見つけた、あの口。
「お前が全て背負うのか?」
シロガネが冷たい声で言う。カルスは震えて、涙ぐみ、恐怖と覚悟に揺られながら俯く。
シロガネは左手をカルスに伸ばす。
パチン、とその額を指で弾く。
「背負うには身体が小さすぎる。大人になって、その責任を覚えてたら、また考えろ。今のお前に出来ないことが、成長したらきっと可能になる筈だ。力も、人脈も、知識もな」
カルスは、額にじわりと広がるその痛みを茫然と受けとめる。次第にその意味を理解し、カルスは頷いて言う。
「忘れないよ。僕のしたことも、オーキ君のことも」
「けど、俺はお前を憎む」
シロガネの淡々とした言葉に、カルスは目を見開く。
「だけど、お前の可能性にも賭ける。この怨みを分からせなくするくらいのことをしてみせろよな。期限は、俺が死ぬまでだ。大サービスだろ?」
シロガネは、ニカリと笑って言う。カルスは涙を拭いながら、大きく頷いた。