本編

□繋ぎ止める手
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 徐々に鮮明になっていく意識の中、リシアは一息ついた。それでいて、腹の鉛が軽くならないのを感じていた。
 自分はどうすればいい。カルスの助けたかった彼を奪った自分は、何ができる。何をしてやれる。

 カルスがこちらを見て、近付いてくる。落ち着け。落ち着け。ゴミ箱はゴミ箱らしく掃き溜めを許容しなければ。
 カルスはじっとリシアを見て言う。

「……やっぱりね、リシアおねえさんを赦せなかったよ」

 そっか、と口は動く。声帯は動かなかったが。

「でもね、僕はリシアおねえさんを赦したいんだ。僕が、シロガネおにいさんから赦されたいと思うから。このまま赦せないのが、嫌なんだ」

 だからこそ、とカルスは言う。

「僕はリシアおねえさんを憎むよ。そして、それを持って、リシアおねえさんの手を取るよ」

 カルスはそっとリシアの手に触れる。

「だからね、ずっと悲しい顔しないでよ」

 無理な相談だな、とリシアは苦笑いを浮かべる。皮肉の言葉は声にもならなかったが、なんとか表情にはなったのだろう。カルスが少し安心した顔になる。

 カルスはアルバにも頭を下げる。カルスが何か言おうとしたのをアルバは止め言う。

「責任を重く受けとめ、オーキさんの変わりになろうと思わないよう気を付けてくださいね」

 カルスは首を傾げると、アルバはまた言う。

「例えば、オーキさんに向けられた傷つく言葉を、自分に向けさせる行為です。いくら全ての責任を背負うとしても、カルスさんはカルスさんで、オーキさんはオーキさんなんですから」
「でも…オーキ君に向けられた言葉は、僕にも言えることかもしれないし……」

 カルスの言葉に、アルバは首を振る。

「違いますよ。確かにそれは簡単で、アルムの人々がすぐ楽になれる方法です。しかし、それはまた悲劇に繋がりかねない。それは、皆が望むことではありません」

 アルバは胸元から取り出した円点弧に触れ、言う。

「己の幸せを大切にしてください。カルスさんが上手くいけば、全てが上手くいくようになりますから」

 カルスは大きな塊を飲み込んだような表情を浮かべ、また懺悔の言葉を呟いてそうして去っていた。
 それを茫然と見つめたリシアは、また顔を手で覆った。

「リシアもだな」

 そう言ったのは、アルバではなくシロガネだった。リシアは言う。

「…俺は、オーキを殺したんだ。カルスとは違う」
「本当か?じゃあ、アルバの大切なやつを消す切っ掛けになったのはなんだ?」

 シロガネさん、とアルバが制止するように言うのを聞かず、シロガネは言った。
 アルバは、それでもカルスの幸せを祈った。カルスもまた、リシアに泣き止むよう言ってくれた。

 酷い嗚咽を吐き捨て、胸の空虚に空気を入れるように大きく息を吸う。鼻水を入り込んできた。構いやしない。脳裏にまた、突き立てた剣が横切る。今はまだ、それに蓋をして。

「……進まないとな」

 もうすでに、恥じの多い人生ではあるが。
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