本編
□落ちる裂傷
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「……何の用だよ」
シロガネは目の前にいる眼鏡を掛けた濃い紫髪の少女に尋ねる。狭い路地で無理に通ろうとしても、彼女に触れかねない。それがどんな危険に繋がりかねないか、シロガネは思い出してもゾッとした。
「……貴方が」
少女はぎゅっと拳を握り、小刻みに震える。以前にはなかった、魔力を纏いながら。
そういえば、彼女に会った時はまだ『しぼり』が機能してなかったな、と思い出す。リシアが倒された時にも一度ハルワタートには訪れていたし、アルムの一件もあってから気にしていなかったのだが。
「……リシアなら水上水仙亭っていう宿に戻ってくると思うぜ。至って普通に活動してるしな」
一向に口を開かないのに痺れを切らし、シロガネは言う。もしかすると、以前、リシアが担がれているのを見て誤解しているのではないか。そう思ったからだ。
しかし、それにも反応しない。
「俺は急いでんだ。喋んねぇならもう行くからな」
シロガネは踵を返す。先程、分かれ道があった。そちらから出よう、そう考えた。
黒っぽい紫の目が、シロガネの背を捉えるまでは。
「貴方が、テロリストの一人だったのね」
右腕の義手が、カシャンと軋む。長い銀の髪を揺らし、シロガネは振り返る。鬼のような形相で。
「テメェ。どこから聞いた、その話」
チェイスはそれに怯えることはなく、むしろシロガネのその言葉に着火したのか、目にギラギラと復讐の炎が灯る。
「誰からだって構いはしないでしょう?」
瞬間、チェイスの首元に風が走る。チェイスは驚愕して瞳孔を収縮させる。シロガネが左手で持ったハルバート型の槍が、チェイスの耳を掠めている。時空属性で急速に距離を詰め、風属性で放った技だ。
リシアの言う通り、人は想像以上にズレに機敏だ。
「もう一度聞く。誰から聞いた?」
魔力も実力も、成り立ての涙の信託者に負ける気などしない。その事実を突きつけると、チェイスは唾をのみ、緊張に耐えるようでしかないようだ。
チェイスが握った拳をほどくと、魔力でできた浮遊板に何かがカラカラと軽い音を立てて転がった。シロガネは注意をそちらに移してしまうと、その小箱から白い煙が噴出した。
本能的に危機を察知する。すぐに後方に飛ぶと、出来るだけ吸い込まないようにし、槍を別空間に戻して左手を突き出す。
白い煙の壁はたちまちに霧散し、チェイスの紫の髪を揺らす。手には少女に似合わない程大きな筒を携えている。一般人が持つただの時空属性の魔晶器だと思っていたが、判断が甘かったようだ。
「貴方を捕らえます。殺さないことに感謝してよね」
「随分と余裕だなぁ」
俺は殺す気でいるけど、と言おうとして、何故かシロガネの口は動かなかった。脳裏にチェイスと楽しげに話すあの姿が横切る。
目標を視野に入れ、それを掻き消す。余計な事だ、と心の中で呟きながら。