本編
□裏切り者の浮力
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信じがたい話、傷の多い少年の話を終えた後、オレンジの髪を掻きながらウィズは言った。
「全くじゃな。国から機密的に狙われるも、それは濡れ衣で、真犯人は話題の黄金の聖職者ときた。そして攫われられたお姫様を助けるために、奴らは聖地へ向かうんじゃ」
作り話にしても、ベタな話じゃろ?と、グランは笑い転げて言う。ウィズは、それ素直に同意したかったが、本当にリシアたちがそんな事件に巻き込まれていると思うと、頷けはしなかった。
「さぁーって、お主はどうするんじゃ?成功すれば一国の姫を助け出した英雄の一人!失敗すればアールマティの戦禍の火種!加担しなければノーリスクノーリターン!」
グランはウィズを指差して言う。ウィズは、コップに残った冷めた珈琲を一気に飲み干し、机に置いては顔の前で小さく手を合わせる。
グランが変な目で見るのは仕方ない。出身地方の伝統なのだ。度々忘れるが。
ウィズは柔らかなソファーから立ち上がると、別れの挨拶代わりに手を振ると、戸に手をかけようとする。
「待て待て待て!結局どうするかお主の口から喋らんか!!お主の思考なんぞこれっぽっちも分からん奴が、それでわかるかぁ!!!」
グランが身を乗り出して言うのを聞いて、危うく戸に頭をぶつける所だった。言う必要もないだろ、とウィズは心の中で言う。
しばしそのまま時は流れると、グランは耐えかねて頭を抱えて言う。
「分かった、分かったわぁ!!ちょっと待っておれ!」
つかつかと棚に歩み寄っては乱暴に開け、そこから一つの火のように赤い石を取り出す。それを持ってグランはウィズに近づいては握らせた。
「ほれ、情報料じゃ」
「…魔力石……?」
「うぬ。たまたまその辺に落ちてたやつじゃがの。監査はしておらぬが…ま、お主の口を開く料金にはピッタリじゃろ」
ウィズの掌ほどの魔力石は、透過性はあるものの色が濃く、サダルフォン連邦国ではかなり高値で取引できそうな高品質なものだ。それを簡単に渡すあたり、メタトロニオス王国の魔力石の価値感の違いに驚いてしまう。
仕方なしに、ウィズは言う。
「心変わりはない」
「……つまり、加担すると?」
そうとも言える、とウィズは魔力石を手の中で弄びながら答え、部屋を出た。
「あぁ、ウィズ君!どこに行ってたの」
ある程度通路を進むと、エスターが駆け寄ってきた。
「ニール君が釈放されたから、今後の事を話し合ってたのに。リーダー待とうよ、って言っても聞かなかったから……もう終わっちゃったわよ」
黒い肩を上下させ、エスターは言う。今更リーダー面して言えることなど、何もないのだが。
「とりあえず、報告だけしておくわね」
エスターは、そう切り出して話し出す。ニールやエスターたちが港街アナフィーに向かうことが決定したこと。軍の護衛がつくこと。そういったことだった。
「そういうこと。リーダーもちゃんと準備しててね」
何の、と言うようにウィズは首を傾げると、エスターは呆れ目で言う。
「アナフィーに行く準備に決まってるでしょ?そりゃ、貴方がニール君たちと一緒にいるのが嫌なのは分かってるけど…」
嫌なのはあっちじゃないか、とウィズは思う。悪い、と言うようにして顔の前で手を立てると、ウィズはエスターを追い越す。
「ちょ、ちょっと!ウィズ君!せめて護衛くらい」
いらない、とウィズは手を横に振る。そもそも軍の護衛は、彼らの迷惑でしかないだろう。
エスターは溜息をつくと、階段を降り始めてたウィズの名前をもう一度呼ぶ。
「無事に戻られることを願います!皆が貴方を忌み嫌っても!」
ウィズは立ち止まって通路の先のエスターを見る。エスターは右手を額に当て、サダルフォン連邦国の礼をする。
「私だけでも、貴方の帰還を待ってます!」
ウィズは、何も返す事が出来なかった。止めておけ、と小さく呟いてそのまま早足で階段を降りていった。エスターが普通に接してくれるのは、何よりも嬉しかった。
それと同時に、近付くのは止めておけと忠告されてるのも、変な噂が流れてることも知っている。そういう関係ではない。ただの極普通の仕事仲間だ。
その普通が、何よりも欲しかったものなのだから。
途中、込み上げてきたものが溢れ、踊り場で顔を拭った。