本編
□裏切り者の浮力
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足下の陣がウィズの動きに合わせて動くことを確認し、跳んで足から水面へ着水する。
青い光を放つ陣は一層輝き、徐々にその高度を下げる。泡と共に沈んでいく陣は、すっかり水面下になると、ウィズを包む筒のように光り輝いた。
しかし、次第に水は筒の中を浸水し、高度を下げる度に筒の中の水面は上昇する。更に高度な術が唱えられれば、こういうこともないだろうな、とウィズは思う。だが、まだ足先だ。まだまだいける。
ウィズはゴーグルを下げ、対象を確認する。ずいぶん深くまで落ちていったようだ。距離的にかなりギリギリだろう。
水が膝の辺りまで上がってくる。まだ、彼は見えない。
次は腰まで上がってきて、白衣に似た制服を水面は持ち上げる。あぁ、そういえば彼ではなく、彼女だったか、と今更ながらに思い出す。
ウィズは、筒の中で浮きそうになるのを、光の天井に手を伸ばして堪える。夜の女神が微笑む時刻。視界不良だ。
まだまだ沈み、水面は胸のところにまで来る。息苦しさを感じるのは気のせいではないだろう。まだ彼女は見えない。
首の辺りにまで水は競り上がる。まだか、まだか、と影を捜す。息を吸って、水の中に顔を入れる。幸いにも密着性の高いゴーグルを選んでいたので目に水が入ってこない。
どこかにいるはずなんだ、と、その姿を捜す。
それは、前方斜め下にいた。距離はもうすぐそこだ。湖で潮の流れがないこともあり、流された様子もなかった。しかし、ここまで近づかないと見えないものか、と感じてしまう。
天井に僅かしかない空気で息継ぎをし、再び潜る。
ウィズはリシアに近付くと、術の限界だったのであろう、足下の魔法陣が消える。
手を伸ばせばリシアの右腕が掴め、引っ張ると予想以上の重さを感じる。想定していたことだが、直にそれを体感するとやはり焦りを感じる。
すぐにリシアの左腕に手を伸ばし、その紐と指のワイヤーを外す。指に通した輪をキツく調節していなくてよかったと思う。指の太さの違いに、緩く巻かれたワイヤーは一斉に取ることができた。
腕に括りつけてる暇はなく、紐を握り、ポケットから魔力石を取り出して嵌め込む。
動いてくれ、とボタンを押すと、一瞬モニターが映っただけですぐに消えてしまった。焦燥し、口から空気を溢れ出す。
落ち着け、と自分を諭す。魔力石は稼働を意味するように光っている。ならば、しかるべき入力シグナルが打てる筈だ。
手慣れた仕草で、高速に入力部を連続で押す。モニターは依然として表示されない。だが、複合機を黒い皮膚に張り付けるようにすれば、先程脳裏には浮かばなかった古代語が読み解ける。
発声すると、肺の空気が全て逃げていった。今は、それでも構わない。
「――浮かび上がれ、浮力!!」
実に単純な詠唱だな、と内心笑いながらウィズはリシアを抱えるように持ちかえる。誰かがウィズ左腕を強く引っ張るように、上へ上へと持ち上がる。
よく見れば、輝く白い手のような術な気がした。いつもそんなに綺麗じゃないだろ、と地面から溢れ出す闇属性の術を思いだし、意識が遠くなった。