本編
□アルベドの目論
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「……チェイス、勝手に出てくのはまずいんじゃ…」
「元々、リシアと一緒に卒業研究をやるつもりでいたから、しばらく旅に出ることは通告済よ」
「学業」
「必要単位は、去年の時点で既に取り終えてます。今年はじっくり第一課程の卒業研究に当てる年なんですよ。で、卒業研究をフィールドワークものにするので、最早一石二鳥です」
リシアとウィズの問に、チェイスは順々に答える。対応が早い、とリシアは呟くと、チェイスはそうでしょ、とニッコリ笑う。
その笑顔が、シロガネを殺す為に側にいる、というものなのだから、困ったものだ。
リシアがチェックアウトの手続きを終えると、チェイスは忘れ物のようにカウンターに置かれていた手提げの鞄を持つ。
既に旅支度も終えていたというわけか。
「それでは、よろしくお願いいたします!」
チェイスは明るく、リシアとアルバとウィズに言う。
「……切り換えの早さ」
「ラザフォードさん、人は時に自分の心情を隠し、うまく事を運ぶようにするのが、上手く生きるコツですよ」
ウィズの言葉に、チェイスは横でサラリと言う。
「道中みっちりオルフィス教聖書を、自分でも嫌になるくらい暗唱の練習いたしますが、お気になさらないでくださいね?」
ウィズのさっきの言葉を結構気にしてるな、とリシアは気付く。ウィズは大きな身体で、リシアの影に隠れようとする。どこが心情隠してるんだ、とウィズが呟くのをリシアは聞いた。
宿を出て、人通りが賑やかな大通りに出る。チェイスが、図書都ヴレヴェイルの方角へ出る道を案内する。
「タート湖から陸地に出る所までは橋がかかっているけど、歩いてるだけで一日が経ってしまうの。だから、できれば乗せてくれる船か馬車が見つかるといいんだけど…」
「まぁ、アルムの業者の方がいるとは思いますが……」
チェイスの案内に、アルバが答えるも、途中で口を重くした。
農村アルムから出たことを、一人にしか告げていない。一日しか経っていないが、噂は広まっているだろう。ほとんど突然に居なくなったのだ。アルムの人々が現在何を思っているのか、考えがつかない。
チェイスが先導して進むも、ウィズが一人後方に置いていかれているのにリシアは気付く。
リシアはチェイスにちょっと待ってて、と告げると離れた浅黒い皮膚の青年に近づく。
ウィズは、メタトロニオス王国内においてはかなり目立つ。メタトロニオス人はほぼ白色か、少し日焼け程度、または黄色みが強い人など、地域によって差はあるが、サダルフォン人ほど黒くはならない。
何見てるんですか、とリシアはウィズに声をかけると、手に乗せていたもので大方理解した。
「……シュガーソース、ダースで下さい」
リシアが財布を取り出して世界共通硬貨を店員に渡す。店員は黒い手でそれを受けとると、リシアは茶色い棒のかかれた大きめの箱を受けとる。
よくみれば露店の看板は、サダルフォン連邦国の文法で書かれていた。
「サダルフォンから?へぇー…」
「そうなんですよ。ま、お国には帰れないんですけどね」
リシアの言葉に、店員は言う。どういうことかと聞くと、店員はウィズからお代を受け取った後で言う。
「自分、こう見えて涙の信託者なんですよ。あ、でも、こっちに来てからなってしまいましてね。だから、帰るに帰れないってことなんです」
お客さんはいいね、とウィズの右肩にある身分証明書を示して言う。
「涙の信託者の許可書なんて初めて見ましたよ。本当に実在してたとは…それって、どうやったら貰えるんです?研究所に所属してるっぽいし……コネとか?」
店員は笑いながら言うも、ウィズは目を逸らして黙っていた。