本編
□悔悛の秘蹟
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「……つまり、あの美女さんが馬車を調達してくれた…と」
「……はい。御贔屓している知り合いがいるから、と。しかし、こ、こんなにも、乗せている人の事を考えていない、運転の仕方とは……思いませんでしたが」
青い顔をしながら、夜の目をしたアルバは紺の髪で片目の隠れたリシアに言う。もうすぐにハルワタートの橋を渡りきり、ヘメラが沈む頃だ。
アルバはもう一度、力なく謝る。リシアはすぐに姿勢を直すよう言うも、アルバがアルムの業者に辿り着けていたら、もう少しいい旅立ちだったなというのが喉元まで込み上げてきた。グッとリシアはそれを飲み込む。気まずい人たちに会うより、目の前に甘い蜜が垂らされたら、誰だってそちらに傾いてしまう。
リシアは、先程チェイスと話していた内容を説明しようとチェイスの方を見ると、やはりチェイスもぐったりとしており、酔いと戦っているようだった。
「チェ……チェイス、さっきの話する元気は……もうないよね」
「……うん、ないね」
リシアの問に、チェイスは手を横に振って答える。
「リシア!お願い!!これ酔いつぶれ一直線コースよ!!!この床を胃酸で溶かせるほど吐ける自信あるわ!!!!」
チェイスは迫真の顔で続けて言う。
「だから、この床に触れないようになれば酔わずに済むんじゃない!?だから、私を宙に浮かせて!!!」
成る程、とリシアも上の空で答えると、時空属性の術を唱え、チェイスの真下に魔法陣が現れる。
「そうそう、これでえぇぇっぇぇぇ!!???」
魔法陣がゆっくりと上昇すると、チェイスも宙に浮いたが、その瞬間猛スピードで進行方向と逆向きに一直線に向かい、チェイスは扉に大きく激突した。
チェイスが床に倒れ込むと、アルバは急いで駆け寄り、前方から美女がどうしたのかと顔を見せる。
「……慣性の法則を、忘れていただけです」
リシアはブラウンの髪の美女に言う。
空間を歪めたことにより、進行方向への運動エネルギーも失ったのだろう。その結果、チェイスだけが空間に取り残され、それに迫ってきた馬車の後方と衝突したのだ。術がすぐに動き出さなかったのは、エネルギーの調節故だろうか。有り難迷惑になってしまったが。
「……最早、意識を失った方が楽だろうぼろろろ」
ウィズが荷台の片隅で大きな体を縮め、喉に上がってきた胃酸をエチケット袋に入れる。リシアはそれに頷き、この汚い旅が早く終わってほしいと願った。
チェイスの意識が戻らなかったので、仕方なくリシアはチェイスの唱えた、涙の偽創者と女神オルフィスの関係の説を話すと、アルバとウィズは納得するように頷いた。しかし、とアルバは呟く。
「長らく生きてましたが、涙の偽創者という言葉自体、初聞きですね……最近出来たものなのでしょうか」
「……さぁ、それは俺も分かりません」
チェイスを横にしたアルバの問に、リシアは答える。ウィズはどうかと見るも、酷くぐったりとし、話が出来そうな状態ではなかった。
千年を生きるアルバが知らないこともあり、ウィズに聞いても無駄かもしれないとリシアは結論をつける。