本編

□記録図書都
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 側に人がいる、という環境がとても気持ち悪い。
 胸の奥が掻き乱されるようで、息苦しく、僅かに吐き気すらも含んでいるようだ。

 不愉快。実にその一言に尽きる。

 親の側に子が眠る光景は何度も見たが、何故(なにゆえ)にそのように安心出来るのだろうか。

 知らないから。
 あぁそうとも。知らないさ。

 生存の為にしがみついた蔦は幾つもあれど、それはどれも幹ではない。いつだって脆く、千切れやすい。
 だが、掴めるものがある限り、転々としていけば落ちることはない。それ以上、何も望むことはない。

 そう。何としてでも生きなければならない。

 シロガネはまた、魔封じの内側を殴る。どこかの部位が、些細な衝撃で術を発動させる接続が切れたり、不具合を起こさないかを夢みて。

 ディーンが困った顔でこちらを見るも、幾度となく行われるその行為にうんざりしているようでもあった。

 常に監視下にある環境。
 殺すだけの力どころか生きる力すらも奪う術。

 その場においても、まだ諦めずに足掻く姿に憐れみを抱いているのかもしれない。だが、殴る姿をみて愉快と思うでもなく、不快指数を溜めているようである。

 再びシロガネは拳を握るも、胸の苦しみが口から溢れだし、途絶える事なく咳が続く。

「はいはい。もう横になって安静にしなよ。疲れただろう?」

 ディーンの甘美な言葉に、シロガネは床に寝転んで丸くなる。呼吸が苦しい。ちくしょう、ちくしょうと悔しさが手に食い込む。

 しばらくすると、甘い香りが辺りを漂う。ただの砂糖水、なのだが落ち着くのと身体を暖める分にはちょうどいい。
 シロガネがそれを受け取った直後、外から乱暴とは無縁のノックが響く。

「もうすぐに、図書都ヴレヴェイルに入ります。何度か止まったりしますのでお気をつけて」

 赤い目の少年の声である。先程の壁殴打には一切触れず、淡々と告げる。その冷静さがまたシロガネにとって無性に腹立たしいことであり、歯を食いしばる。

 聖職者アルバとの待ち合わせ場所がもうすぐだ。
 なんとか脱出したいのにも関わらず、監視の目も、身体も許してくれない。

 シロガネは、ただコップを強く握り締めた。
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