本編
□記録図書都
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リシアは歩く。どこを歩いているかも分からない暗い夜道を進む。いや、夜なのだろうか。一寸先も見えない暗闇は、視力を失った世界のようにも思える。踏み出すのすら恐ろしい中、リシアは俯かず、ただ前を見て歩を進める。
「夢だというなら出てこいよ。待ってるわりに、会いに行こうとすると出てこねぇんだから」
リシアは空色の髪をした死の天使を思い浮かべ、呟く。そんな事はない、という呑気な返答が聞こえるのを期待したのだが、そううまくはいかなかった。
――君に引っ張られて来てるのかもしれない。
アズラエルの言葉を思い出す。あの時も、その前も、シロガネが近くにいた。シロガネはいつもアズラエルと会っているという話も聞いた。この憶測から導き出される答えといえば。
リシアは立ち止まり、大きく息を吐く。
「……結局、いつもあいつに助けられてばっかなんだな」
そして、今度は助けようとする番になった途端、困難にぶち当たるばかりである。
あまりに安易な考えだった、と自嘲しながらもリシアは歩むことを止めない。一握りの可能性だとしても、あり得ない事だとしても。
決定的な否定材料がない限り、肯定も可能かもしれない。
それに、リシアには一つの記憶がある。
それこそ、思い出したくない日の話であるが、思い出さなくてはならない話でもある。曖昧な記憶の中で、掘り起こされた情景。巨大な門を背に、真っ白の世界でリシアに語りかけた者。どんな姿だったかはもう思い出せないが、天使ではなかった。いや、それ以上に神秘的な存在であった。
言うなれば、女神。
リシアは目を伏せ、あの女神のことを思い出そうとして気づく。
視界が遮られていない。
瞼の先に、光景が見える。
ハッとしてリシアは辺りを見渡すと、まさしく真っ白の世界にいた。壁も天井も白く、まっ平らではない自然の凹凸がありながらも、不自然な程に影がない。閉鎖的であるのに、光源が見当たらず、異様に明るい。どこまでも続く白の先に、あの天を貫くような扉が見えた。足元を見れば、風もないのに揺れる、花弁が四枚の透明な花のようなものがある。
間違いない。間違いない。
リシアは感極まって走り出す。
長い銀髪の少年の名と、死の天使の名を、何度も叫ぶ。その姿を探しても、色の付いたものは自分以外にない。
そうこうしているうちに、リシアは階段を駆け上がり、巨大な扉の前にたどり着いてしまう。この段差に腰掛け、難解な言葉を紡ぐ水色の髪の天使が脳裏を過る。だが、やはりこの場にはいない。
リシアだけが、たった一人、この無色の世界にいる。