本編
□ジ・アーテル
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一瞬何故そんなことを言われなければならないかと腹が立ったが、自分の服装を思い出して瞬時に腹底が重くなる。
制服ではないのだから、ただの軍学生など識別出来る筈もない。
「失礼しました。私は、メタトロニオス王国軍学校特級Bグループのエルヴァン・エンデです。私事の帰りで、軽装なのをお許しください」
左拳を右肩に置き、エンは一礼する。
名乗ったのは礼儀もあるが、同時に賭けでもあった。本当に棺桶に入ったあの彼であるとすれば、エンデの名に聞き覚えがあるはずだ。
「エンデ……あぁ、もしかしてウルヴァン・エンデ技術所長の息子か?」
内心、舌打ちをする。こんな時にも父親の名を聞くはめになんて。もっとも、自身の姉よりも父の方が名は軍内で通るのだから、当然といえば当然の反応なのだが。
「はい、そうです。平民の出である父の名を知り得ている事、大変光栄に思います」
何が光栄だ。適当なこと言うな、と自分に自分でツッコミを入れる。
だが、興味をここで引き離す訳にもいかず、張りついた笑みでエンは言う。
「と、するとリシアースの弟か。これは失礼した」
赤い目の少年は柔らかな表情を浮かべ、メモを持ちながら一礼する。
胃が、重さを増す。
「メタトロニオス王国宗教軍第二番隊第三分隊長、クロガネ・ニグレードだ。リシアース・エンデから、剣技の優秀な弟と聞いていたが、もう遠征演習か。これは将来が楽しみだ」
腹に、拳が当てられたような衝撃を受ける。
止まらない冷や汗を流しながら、有り難い御言葉に感謝致します、と腹から捻り出してエンは言う。
「お忙しい中、足止めして申し訳ございませんでした。私は、これで」
「気にしなくていい。あ、だが、遊びは程々にな」
はい、と言い切る間もなく、エンは逃げ出すようにその場を去る。
門を抜け、寮に逃げ込むようにして入ると、扉を荒く閉めた途端、力が抜けたようにその場にしゃがみこむ。息は荒く、手足が小刻みに震えている。
「…………死霊軍だ……」
エンは呟く。
リシアの起こしたという事件の後、エンもリシアの親族として彼の葬儀に参加した。生きた姿も見たことのない人物と別れというのも変な話だ、とあの当日は思っていたのだが。
出会ってしまった。しかも、生きた姿で。