本編

□ジ・アーテル
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 呼吸を落ち着けるため、大きく息を吐く。

 同時に、リシアが彼を見てしまったらどうなってしまうのだろうか、と不安に駆られる。自分でこうなのだ。酷く、酷く、罪に縛られた姉など、絞め殺されてしまうのではないだろうか。
 再誕に喜ぶよりも前に、恐怖が全てを支配する。

 もしかしたら。
 それを知って宗教軍に潜り込もうとしているのだろうか。

 ユーキハイゼ姫誘拐に関わり、逃亡するリシアを何人もの軍人は見ている。あれだけ派手な事件を起こしながら、それは広められず、追う者以外は禁句のような扱いを受けている。
 その真相を暴くべくの行動、と思っていたのだが。いや、どちらもかも知れない。

 王女誘拐に隠蔽。死者蘇生。
 国も、軍も、一体何を考えているのか。

「何をしている、エルヴァン」
「……サイラス教官」

 扉の前でだらしなく座り込んでいるエンに、青を主に使う制服の男が近付く。筋肉質で大きな身体、金の髭を蓄えた貫禄のある姿は、見る者の背筋を伸ばす程に威厳がある。

「私服で彷徨くとは感心せんな」

 サイラスの指摘に、エンは頭を掻きながら謝る。

「軍の技術所長の息子だからといって、調子に乗るものじゃない。一兵志願者として、心に曲げられぬ剣を持て。規律にも法にも従い、正しい兵として……」

 結局説教か、とエンは心の中で呟く。考えていた言い訳も無駄になってしまった。
 そしてまた、父親の影を見る。どこにでも現れる憎き父という言葉程、うんざりするものはない。

「……聞いているか?エルヴァン・エンデよ」

 低く、聞く人を怯えさせる声でサイラスは言う。
 エンは立ち上がり、姿勢を整えて拳を肩に置き、一礼する。

「ではまず、私服でこの場にいることを問おう」
「いえ、サイラス教官。私は、ある問題に酷く心を痛めております。この事を話さずして、今の罪を償うことが出来ません。その澱みを、どうか聞いてはいただけませんか?」

 エンは静かに、サイラスの目を見て言う。

「話を逸らすことは許さん」

 相変わらず頭の固いおっさんだな、と目を伏せながら思う。ならば、直球をぶつけるのみ。

 父、父と煩いんだ、と癇癪をぶつけるように。
 エンは沈むヘメラの陽に照らされて、冷淡に言う。

「宗教軍が、王女ユーキハイゼ様誘拐に関与したのは本当ですか?」
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