竜を求めし者達

□聖者の断罪
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《前章》

 世界を脅かす真の巨悪を撃破した時、天空から声が響いてきた。
 汗で額に貼り付いた緑の髪を振り乱し、暗転した世界の中で仮初めの仲間となった者の銀髪が、一瞬瞼に浮かぶ。
『これでお別れだ。お前達とはまた会い見(まみ)えるかも知れぬ。…次に会う時は、敵か味方か判らぬがな』
「ピサロッ!? お前は…」
 魔族の王――ピサロの言葉が消えると、アトラス達は光の中に吸い込まれていった。

 気が付くと、以前にも対面した巨大な竜――天空の神マスタードラゴンの眼前であった。
「…ここは…」
 アトラスは辺りを見回した。其処には、彼の掛け替えの無い仲間達の姿があった。彼等も、今の状態に驚きを隠せない様子で、天空の神を見上げている。
「気がついたか、勇者達よ」
 巨大な竜神は、世界の危機を救った勇者達に、感謝と労いの言葉を掛けた。
「――お前達の働きによって、この世界…否、魔界も含んだ総ての生命は、救われた。その功績は、永遠に語り継がれるだろう」
 誰も言葉が出なかった。長い旅路の果てに、真の平和を勝ち取った事が、信じられなかった。
「アトラスよ。お前はこの苦しい旅で、立派に成長した。勇者としての役目は、終わったのだ」
「終わった…?」
 アトラスは、不審そうに声を漏らした。竜神の、厳しさと優しさを内包した瞳が、彼を見据えている。
「下界での役目はもう果たし、行く宛も無いのであろう。これからはこの天空城で、穏やかに暮らすが良い」
 最大級の讃辞である。幾ら天空人の血を受け継いでいるからと云っても、人間として過ごしてきたアトラスには破格の対応であった。マーニャが近寄ってきて、彼の肩を叩く。
「スゴいじゃないの、アトラス! これで、天空人の仲間入りじゃない」
「うむ、このような素晴らしい場所で一生を送れるなどと、夢のまた夢でありましょうや」
 野太い声で語り掛けたのは、王宮所属の重戦士ライアンである。既に初老の域に達している彼の髭には、白いものも混じっていた。
 彼に対して感慨深げに思う者は、他にも居た。終始控え目な態度の占い師も、老境の域に達した魔導師も、口には出さぬがにこやかな笑みがそれを物語っている。
 ふくよかな武器商人は、この旅でも異質な存在であったが、彼の存在は過酷な状況を和らげてくれた。最も常識人であるトルネコの指南は、隔離された生活を送っていたアトラスに人として大切なものを学んでいた。
 そんな旅の面々を見回して、己の意志を確かめる。最年少の少女に寄り添うように、目立たない場所に控える者の姿を認めた。その蒼い髪と瞳に一瞬目を奪われたが、アトラスはすぐに俯いて目を逸らした。
 マスタードラゴンも、アトラスが天空人としてこの城に残る事を、当然だとしていた。彼は天空人の血を引く者である。故に、その提案は受け入れられるもの、と思われたのである。
 だが、彼の答えは意外なものであった。
「……俺の居場所は、ここじゃあない」
「何?」
「マスタードラゴン、あんたの申し出は嬉しいけどな。俺は、地上に戻るよ。…何もなくても、俺の故郷はあの村だけだ」
 アトラスはそう言って、竜神に笑顔を見せた。何かを吹っ切ったかのような清々しいそれに、マスタードラゴンの口も歪む。人であったならば、その表情は笑っているかのようだ。
「…そうか。お前には、旅で得たものがあったな。友情と、愛情か」
 背後の気配に気付くと、仲間達の視線を一斉に浴びていた。その視線に苦笑いで応え、勇者としては些(いささ)か相応しくない風体を見せる。
「さらばだ、勇者よ。もう会う機会も無かろうが、これからの皆の未来に光が満ちる事を祈ろう」
 竜神は、暖かな光を発すると姿を消した。神には神なりの役割がある、とだけ残して。

 旅の仲間を送り届けると、帰り着いたのは誰も迎えが無い廃村であった。
 ここから総てが始まったのだ…と、感慨深げに思う。彼の生来の優しさは、この村の人々の暖かさに育まれた。そして、人に恋する事を幼なじみの少女から教わった。
 旅を始めてからは、魔物に対する復讐心から自分を取り巻く巨悪に立ち向かって行った。だが、仲間達との交流を経て、自分本来の目的に立ち返ったのだ。
〔だから、俺は人間なんだ。空から監視する奴らとは違う、地に這うちっぽけな存在で、俺はもう十分だ〕
 心の奥底に仕舞った、赦されぬ想いをもう一度顧(かえり)みる。誰よりも控え目な態度の青年の、目の醒めるような蒼い髪を思い出した。
 村の中央にあった花畑は、見る影も無い。アトラスは焼き尽くされたその場所に、腰を下ろした。溜め息をつき、剣と盾を辺りに放る。天空界の宝であるそれが、重荷に思えてたまらなかった。
 その時。マスタードラゴンの声が、空から響いてきた。
『――人間として暮らすというお前への、私からの最後の贈り物だ――』
「え、…何だって」
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