創造せし者達

□閑話休題
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・中憂郷は今日も長閑(のどか)

 ここは、中憂郷の東方砂房という観光海水浴場である。四神である青龍が治める其処は、安閑な空気が漂っていた。美しい砂浜が自慢の海は、長い夏に向けて人々が憩うに相応しい店が並んでいた。
 中憂郷は、一種の停戦地区である。天界人も魔界人も、そして中津人も争いは御法度だった。花街でのいざこざや、血の気の多い者の喧嘩は日常茶飯事であるが、それは国家関係とは違う私闘であり、中憂郷の法律に厳しく罰せられるものであった。
 昼の陽射しに、海水浴を楽しんでいた者達が根を上げてくる。この時季限定の海の家は、そんな彼等の憩いの場であった。
 一人の女性の、ふさふさとした狐の耳が、海水で濡れている。水着代わりの浴衣が肌に貼り付いて、彼女の丸みを帯びた体の線を露わにしていた。その溢れんばかりの肢体を、隣に居た青年が鼻の下を伸ばして見詰める。
「火龍! 何やってんの、お客さん待たせないで!」
 その青年の頭をお盆で叩(はた)く少女は、せかせかとした口調で彼を詰(なじ)った。大きな黒目は、火龍と呼ばれた青年を非難するように睨む。
「だってよ、あんまりにも香尽(こうじん)さんが目の保養だから、男なら見ちまうだろ。あ、まだお子様の雷龍には判んねえか」
「お客さんをじろじろ見るのは失礼でしょ! そんな事より、かき氷の注文入ったわよ! いちご二つに宇治金時三つ、さ、早くして頂戴な」
「お雷(らい)ちゃん、焼きそば大盛りとたこ焼き十人前上がったよ。三番席にお願い」
「あら水龍、早いのねえ。じゃ、すぐに持っていくわ」
 奥から、香ばしい匂いが立ち込めてくる。鉄板に落ちた醤油が焦げる、食欲をそそるものだ。海の家の中は、既に客がごった返している。次々に運ばれる料理は、大衆的で暖かみがあった。
 ここは、白龍軒臨時店舗の海の家である。白龍軒は元々街中にある小料理屋であるが、海開きの日から一月程、昼間は此方の営業を主だったものとしていた。
 白龍とは、元々青龍に仕える伝説的な力を持つ龍神である。だが、黄龍が地球の大地に眠りについた時、白龍は自らの命の翳りを悟っていた。白龍は己の能力を三つに分け、卵を産んだ。そして、孵化して産まれたのが。
 水を司る、水龍。
 火を行使する、火龍。
 雷を操る、雷龍。
 この三体だったのである。

 三体の龍は、式神として人に仕える事となった。式神は、地球の人間しか扱えない。魔界や天界が直接的に干渉出来ない事を、中憂郷がこの様に支援していたのである。今現在も彼等は人に仕える身であったが、主に呼ばれない時には時間もあった。故に、故郷の地で商いを始める式神も多い。そもそも、式神使いは年々減少傾向にあった。多分に、霊力を持つ人間が減ったのも原因だろう。科学の力は地球を豊かにさせたが、同時に人間は大切な何かを失ってもいたのである。

 午後四時頃、漸く海の家は今日の営業を終了させた。
「ふー、やっと終わったなあ。夜の部は、何時からだよ」
 火龍が汗を拭きつつ、水を一気に飲み干す。よれよれの甚平が、彼の疲れを物語っていた。赤毛を後ろで一つに括る姿は、快活そうな青年を思わせる。
「お疲れ様、火龍。かき氷は夏の定番だから、大変でしたでしょう。夜は八時開店だから、少しのんびりしましょうか」
 水龍が茶請けの餡蜜を持って、火龍の隣に腰掛ける。涼やかな表情は、温和な青年のそれだ。この中では長兄という事もあって、落ち着いた雰囲気が清涼感を与えている。
「ああ、水龍の作った餡蜜美味しいわぁ。疲れが吹き飛ぶってもんね」
 既に匙を手にして白玉を口に運ぶ雷龍は、可愛らしい両目を細めていた。緑色の作務衣が愛らしい彼女だが、潜在能力はずば抜けているらしい。
 三人がひとときの休息を楽しんでいると、海の家に二人の女性が現れた。
「今日はもう看板よ…って、ご主人様じゃない! ご主人様のご主人も!」
 そう言って嬉しそうに立ち上がった雷龍は、彼女達を席に勧めた。その二人は、二代目アドラメレクと三代目アスタロスだったのである。
「やあ、お雷ちゃん。丁度時間が空いたから来てみたけど、海の家大盛況みたいね」
 アドラメレクは、小柄ながら高い位置にある雷龍の頭を、優しく撫でた。彼女の身長は誰よりも低く、一部では『少彦名(すくなひこな)』とも渾名(あだな)されている。そんなアドラメレクだが、割合に人望はあった。故に仕事関係が、三足の草鞋(わらじ)を履いている状態でも、上手く回っているのである。
 それぞれ雷龍はアドラメレク、火龍と水龍はアスタロスの式神であった。人間でありながら魔界での生活を過ごす彼女達を懸念して、中憂郷の主ヤーマヤーランが遣わせたのである。中世のような悪鬼羅刹が闊歩する世の中では無いが、人には見えぬ力がある彼女達にいつ霊障が起こるか判らぬ。だからこそ、人間界の能力者は守らねばならぬ、と考えているようだった。
「お中元だよ、水羊羹。好きでしょ、みんな」
 アスタロスが菓子折を机に置くと、袂から煙草の箱を取り出した。水龍が頭を下げて礼を述べる。
「すみません、旦那様。いつもいつも、迷惑をかけてます」
「気にしない気にしない。アドラがしたいって言ってるんだから」
 苦い紙巻に火を着けて、旨そうに煙を燻(くゆ)らす。ヘビースモーカーなのは、一生治りそうにない。
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