創造せし者達

□翻るは白銀の翼
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 人は時として思わぬ出会いをし、そしてそれが人生にとって大きな『岐路』と成る。自分達にとって、今がまさにその時であった。
「…これから、お前達が魔の邦に住まう事を許可する。この邦の住人に成るにあたり、名を与えねばならぬ。人間でありながら魔界に来る者は、そう多くない。ましてや『転生』もせず、とならば尚更だ」
 腰まである金の髪が、自分の上座で揺れる。最上位から齎される言葉に、自分達は跪いて無言で一礼した。
「これからの生活、お前達は二重に生きねばならぬ。それでも良いと、お前達は了承したのだ。もはや、後戻りは出来ぬと思え」
 荘厳な造りであるが、装飾の少ない広間に響く声は、この部屋の主に相応しく思える。見上げると、整った顔がやや翳りを見せた。
「後程、皆と引き合わせよう。まあ、既に顔見知りであろうがな」
「サターン様。私達の無理を聞いて下さり、大変光栄に存じます」
 自分がそう言って頭を下げると、隣に控える愛しい者もかぶりを振った。
 黒々とした瞳と艶やかな黒髪は、自分とは対照的である。茶色に染めて荒れてしまった髪と、色素の薄い瞳の色は、それでも気に入っているのではあるが。
 王宮の広間は初めて入るが、どうにも性に合わない。多分それは、自分だけではなく隣の者もそうであろう。


「サターン様が召集を掛けたって? 新しい転生者かしら、ケルベロス何か知ってる?」
 項迄の銀髪を煩わしそうに振りながら、その者は隣に居る青年に声を掛けた。白衣に身を包んだ青年は、珍しい緑色の髪を羽根ペンで擦りながら頬杖を付いている。
「ハトトス、お前も知ってるだろ。ホラ、人間のガキ共だ。お前、尻尾巻いて逃げ出してきただろ、『わ〜ん、ケルベロス〜』って泣きながら」
「そんな事言ってないし、泣いてもないわよ! …でも、それ本当? あの二人、『転生』しちゃうの」
 ハトトスは、癖のある前髪で隠した右目をさすった。王宮の軍幹部特有の制服は、裾の長い伝統的なものである。ケルベロスはあまり気に入らない様子で、いつも白衣を纏っていた。
「まあ、お前と互角に渡り合った奴らだ。才能は折り紙付きだろう、私にはかなわないがな」
「ケルベロス様…」
 それまで、黙って書類を処理していたマルコキアスが、顔を上げた。ハトトスも、『また始まった』と言うように、首を振る。
「それより、もう行かなきゃならないだろ。じゃあ行くぞ」
「近衛第一位は私なのよ! 仕切らないで頂戴」
「まあまあ、お二方とも…」
 颯爽と歩き出すケルベロスに噛み付くような視線を向けて、ハトトスは後を追った。マルコキアスも、彼等を宥めながらついて行く。
 それでもこの三人は、良い均衡を保って海軍を支えているのであった。

 秋もたけなわの季節だが、魔界の気候は人間界よりも寒くなるのが早い。恒星の影響で、一年の周期も寒暖の差も地球とは異なっている。
 王城のある首都アーロンも、それは例外では無かった。既に人々は、厚手のコートを引っ掛けて忙しなく働いている。
 その街中を、アドラメレクは歩いていた。王城を目指すその足音は、すたすたと元気のあるものである。否、小走りと言った方が近いか。
 秋の大祭に向け、着々と準備を進める市民に目を向けて、彼女は真新しい殿上衣(てんじょうい)を汚さぬよう慎重な足取りをとった。
 そんな彼女の横を、一台の馬車が通り過ぎる。と、10メートルもしない内に止まり、御者がアドラメレクに挨拶をした。双頭の鷲の家紋に、身を固くする。
「あ、ベリアル様…おはよう御座います」
 六頭立ての馬車の窓からは、自分の上司に当たる大魔王の姿が見えた。
「アドラメレク様、我が主がお呼びで御座います。どうぞ此方へ」
 従者は慇懃な態度で頭を下げたが、アドラメレクは困惑した表情を見せる。上司とは云え、自分の部署は司令秘書であり、政務総監のベリアルとは関わりも薄い。しかし、従者の待ちわびる姿を見て、彼女は頭を下げた。
 徐(おもむろ)に開けられた馬車の扉に一礼して、乗り込む。予想通り、威厳ある大魔王の一人ベリアルが、頬杖を付いたまま薄ら笑いを浮かべていた。
「早朝よりの殿上とは、感心な事だ。今朝は寒い、私の馬車に乗っていくがいい」
 威圧的な口調で命じるベリアルに、彼女は抗う術を持たない。
「…有難うございます」
 言われるがままに、敬礼をして下座に着いた。
 アドラメレクは、滑るように動く馬車の外を眺めるばかりである。そんな彼女を横目で見つめながら、ベリアルは軽く言葉を吐いた。
「『アドラメレク』の名を継ぐ者が現れた時は、どのような奴かと危惧していたが。…サターン様も、今回ばかりは着眼点が鋭かったと見えるな」
 そんな独り言とも取れる呟きに、アドラメレクが気付く訳もなかったのだが。

 司令秘書とは、総指揮司令官を補佐する役目を持つ、重席である。
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