創造せし者達

□内なる真理の声を聞け
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 それは、魔の邦が陽気な収穫祭の準備を始めていた頃であった。
 何時もは事なかれ主義のこの邦の王、サターンが四大魔王を召集したのである。
 四大魔王。それは、この魔の邦が始まりし頃よりの宗爵家の事であり、サターンに忠節を誓う者の中でも特に古来からの地位と身分を持つ者達である。
 その名に恥じぬ魔力と聡明な頭脳を持ち、魔の邦の重要なポストに就いてもいた。今、その者達がサターンの執務室に呼び出されていた。
 政務総官、ベリアル。海軍指揮官、バッカス。空軍指揮官、パズス。法務総官、ルキフェル。そして、宗爵家ではないが、陸軍指揮官のアポロンと軍事監査長ネプチューンも居た。付け加えるならば、バッカスは軍事総官も兼任している。魔の邦のプレーンのトップが総て集結していると言っても過言では無かった。

「皆、ご苦労。……良いか、今から言う事は、決定的なものでは無い。無いが、あの総指揮司令官からの連絡があってな。かれの言う事は、昔から重要な事由が多いからな、お前達にも伝えておく事とする」
 皆、口には出さなかったが、顔付きが変わるのを隠す事が出来なかった。
 総指揮司令官。それは、この魔の邦の政務、法務、軍事総ての統括をし、絶大なる権限を持つ者である。しかし、その者の名を口にするのは憚られる為、一般的にはその役職は公開されてはいなかった。
「…エルディアロア外域に、正体不明の浮遊島が出現した」
 サターンが、重い口を開いた。ベリアルはその端正な眉根を寄せる。バッカスは無表情の儘だったが、微かにその艶のある黒髪を揺らした。他の者達も、一様に色を成す。
 別に、浮遊島自体は珍しい物では無い。総指揮司令官管轄のダゼルも、突然の出現とは云え害を成す物では無かったし、それ以前に王冠の島ティアラは魔界創世以前よりの存在である。
「未だ、我が領内に侵入してはいないが、報告によれば僅かずつこの魔の邦のゲートに近付いて来ていると報告された。
 目的も何も分からぬ。島全体に結界が張られているらしい」
 そこで、初めてルキフェルが口を開く。腰以上に伸ばした青銀の髪が、優しげな顔に良く似合っていた。
「それは、何時からの事なのですか?」
「十日ばかり前から、という事だ」
「実は、陛下。丁度同じ頃から、天界には珍しく嵐が起きております」
「うむ、それも聞いている。しかし、天界の事は私達には関われぬ。ミカエルにも、そう伝えてある」
 又、皆の間に沈黙が訪れる。これ迄にも何度か、魔界には危機が訪れた。しかし、それは魔界内での事であったし、四つの邦――即ち、天界、魔界、中憂卿そして人界〔地球〕――を巻き込んだ大戦程の騒ぎでは無かった。しかし、今回は異例の事態だ、と皆気付いている。
「で、お前達も今回ばかりは警戒しておいて欲しい。…特に、軍部。何時でも出撃出来る様、皆に通達しておけ」
 ベリアルが、驚いてサターンに聞いた。
「まさか、戦が起こる、と?」
「その可能性もある、という事だ。まだ、敵か味方かも分からぬ物だ。…いや、違うな。総指揮指揮官は、何かを探している様な気もする、とも言っておったな」
「しかし、島一つにそこ迄物々しい体勢を取らずとも良い、とも思われますが」
 見事なブロンドに緩やかなウェーブの入った髪をふわりと揺らし、ベリアルが問うた。パズスも続ける。
「何かある時には、私の空軍がいち早く報告出来ると思うアルのココロよ」
 後ろに纏め上げた三つ編みを弄びながら、パズスは言った。サターンは瞳を伏せ、静かに頷くと
「まあ、祭りに支障をきたすといかぬ。国民を不安がらせても困るのでな。…以上だ、細かい内部の組織などは任せる」
と、解散を促した。

「もう、こんな時刻か――」
 バッカスが思わず口を開く。あの召集の後、各々己の部署で会議を行い、又四大魔王同士の話し合いもして時が流れた。久し振りに夜遅くまで皆が働いている。
 特に書記官室は大変であった。重要な地位を占めるアマゼウスが、急に発病して倒れたのだ。元々、丈夫な性質ではない。海軍部二位であり国立病院の長も兼任しているケルベロスが治療にあたってはいるが、回復は未だ先の話だそうだ。
 書類をパタンと閉じる。粗方と仕事は片付いた。帰る準備を始めていると、ノックの音がした。返事もしない内に、扉が開かれる。この海軍指揮官室に、このように不遜な入室が出来るのは。
「――お前達か」
 ベリアル、パズス、ルキフェル。先程別れたばかりの面々が、雁首揃えていた。
「申し訳ないアル、ベリアルが急に扉を開けちゃったのアルよ」
「私としては、一言声を掛けてからの方がと思ったのですが」
 パズスとルキフェルが済まなそうに言うのを、涼しい目で聞き流した。
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