創造せし者達

□終焉を齎(もたら)すは甘い毒の鎖
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 今夜は頓(とみ)に暗い。天界の月は身を隠しており、重い雲が緞帳のように垂れ下がっている。
 新月の夜は、魔の者達も好まぬようだ。臨戦態勢を敷いている前線の砦も、最低限の灯りが点るのみである。バッカスは闇よりも暗い自分の髪を煩げに撫でつけながら、侵攻したばかりであるエルディアロアの土地を歩き続けていた。

 時は、天界と魔界が覇権を争う『聖戦』の時代である。大天使ルシフェルが堕天した事により、一部の天使も彼に付き従いとある惑星に降り立った。ルシフェルがサターンと名乗り、他の堕天使もそれ相応の名を語り始めると、その惑星に居た先住民族を駆逐し、新しく『魔の邦』を造り上げたのである。
 その後、天界の最高権力者ミカエルは魔界に宣戦を布告し、魔族の皇帝と成ったサターンと星間戦争を始めたのであった。

 最初は、天界側が有利に立っていた。魔界の最南端ソウルエンドを陥落し、王都アーロンに程近いクロース周辺にまで、天界軍は及んだ。だが、一人の狡猾な魔界人の策略により、天界の重要な砦ルナーが魔族の手に堕ちると、戦況はガラリと姿を変えた。
 魔界の軍事総監バッカスの手腕は、悪辣非道と天界人に囁かれた。彼は、天魔両陣営から
「恐るべき黒髪の魔王」
 と、噂されていたのである。だが、彼は自分の為すべき事を忠実に実行しているだけであった。

 所変わって、王都アーロンの城内である。城の一室――総指揮司令室で、上層部が内密な会議を行っていた。
 政務総監のベリアルは、机に足を投げ出しているアスタロスを、苦々しく見つめていた。法務総監ルキフェルが、椅子に座っているベルフェゴールに恭(うやうや)しく頭を下げる。
 二人を交互に見詰め、ベルフェゴールは書類を静かに机に置いた。
「…お前達の言いたい事は判った。だが、バッカスが自分の力を発揮している事は、周知の事実であろう。望まれた事をして咎められれば、彼も報われぬ」
「しかし、総指揮司令官様。奴は、少々度を越しております。バッカスの強行で人民は疲弊し、物質不足の傾向もあります。天界を制圧する事など、出来ようもありますまい」
 ベリアルは、食ってかかるようにベルフェゴールに進言した。緩い金の巻き毛が彼の身振りに伴って、美しく揺れる。
「…私も、今の状態では戦を続けるのは困難か、と…。バフォメットの為した策略は、法務総監としても見るに堪えかねますれば」
 やんわりと紡ぐルキフェルの言葉に、アスタロスは足を組み替えて鼻白んだ。
「戦とは、元々から非人道的なものだ。今更嘆いたとて、殺した天使どもが生き返る筈もあるまい」
 アスタロスの言葉に、ベリアルが顔を赤くした。
「黙れ、アスタロス! 軍事顧問のお前が、口出しするような事ではないわ」
「ほう、ではお前達はこの戦の存在すら否定するか。これは聖戦だ、只の内乱では無い。先住民族に対しては、無慈悲な程に敵を屠(ほふ)った、お前達の言葉とは思えぬ慈悲深さだな」
「何だと!!」
 一発触発の様相を呈する二人に、ルキフェルは顔を青ざめさせた。助けを求めるように、ベルフェゴールの顔を見詰める。彼は息を吐いて、長く伸ばした右の前髪をかき上げた。
「止めよ、アスタロス。ベリアルも、だ。…私達がいがみ合ってどうする、陛下に申し訳がたたぬぞ」
 最高権力者であるベルフェゴールの言葉に、二人も従わざるを得ない。憤りを何とか鎮めると、ベリアルは殊更に平静な声音で言を切った。
「…兎も角、私達からの請願書の御検討、何卒(なにとぞ)よしなにお願い申し上げます」
 頭を下げて退出するルキフェルと、アスタロスを一睨みしていくベリアル。
 その二人を、深く光る碧の瞳で、ベルフェゴールは見送った。

 静かになった室内で、ベルフェゴールは自分の髪に触れる感触を覚えた。アスタロスの指だと判ると、瞬時に鋭い痛みが走った。
 顔を歪めて、自分の髪を乱暴に引くアスタロスを見詰める。ギリギリと食い込む長い爪が、髪の根元を抉(えぐ)って激痛を齎した。
「あ奴等の言い分、聞くつもりか」
 濁った血液の色を湛えたアスタロスの瞳が、鋭い刃の気配を醸(かも)す。ベルフェゴールは目を細めながらも、彼の為す事を享受していた。
「…彼等の言い分も、一理あるではないか。大地が疲弊しているのは、私も感じている。聖戦が長引けば、それだけ人民にも負担が掛かる。それが判らぬお前では無い筈だ」
「ああ、そうだな。如何にも、この国の最高位を司る総指揮司令官様の仰る通りだ」
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