創造せし者達

□異端者への制裁
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 魔界と天界が、中憂郷の仲介によって和平を結んでから、既に30億年が経っていた。
 永遠を生きる旧(ふる)き人種は、天界や魔界でも少数となっていた。聖戦とは新しい風を産む為の自然淘汰であり、無差別な殺戮ではないという教えは、今では至極当然だと一般的にも受け入れられている。
 今の魔界と天界は、10億年程前に誕生した惑星の監視に追われていた。その惑星には、生命体を育む為の要素が総て揃っており、既に単純な細胞で構成された生物が天界の調査で確認されている。順調に進化していけば、天界や魔界と同じく知的生命体が産まれるのも期待出来た。
 人々はその星を便宜上、
《アース(大地)》
と呼ぶ事にした。魔界や天界に比べ、水分量の多い大気と豊穣な土地を湛えたその星は、その後恐ろしい程の文明を栄えさせる事となる。

 さて、場面は魔界の王城に移す事とする。
先の聖戦で活躍した者達は、それぞれサターンから領土を委されていた。四方を治めるその者達を『四大宗爵家』と呼ぶようになったのは、その頃からである。また、聖戦で命を落とした者の名を拝命する事も、この時代からの慣習であった。
 アスタロス・パラヤート・ペルンもその一人であった。先代アスタロスは、聖戦の折に天界人の猛攻を退けた英雄として、名を馳せていた。その名を冠するという事実は、この上ない栄誉である。彼は結い上げた黒髪に艶を乗せて、王宮の門を潜(くぐ)った。
 軍事顧問、という役職名も先代と同じである。軍事総監のバッカスの下で働くのも、自分の誇りであった。
 擦れ違う王宮の官吏と、軽く挨拶を交わす。魔界にも訪れた平穏は、彼にとっても居心地の良い空間を為していた。今日も、このまま何事も無い一日であって欲しいと思っていた。
 だが、とある一人の同僚と顔を合わせた時に、それは脆くも崩れ去る事になるのである。

 その者は、長い金髪の毛先を朱色に染めていた。服装こそ王宮からの支給品であったが、多彩な装飾品が彼の特異性を匂わせる。真っ赤に塗りたくられた長い爪先が、胸元に輝く留め金を所在なさげに弄くっていた。すぐにアスタロスの姿を確認すると、艶やかに彩られた唇を歪めてにやにやと笑う。
「あら、久し振りねえ。ちゃんと殿上してるんだ、偉い偉い」
 口の中で舌打ちして、無視を決め込んだ。この者に関わると、厄介な事になる。なまじ付き合いが長いせいで、それはよく判っていた。
 素知らぬ振りをして通り過ぎると、彼も引き留めはしない。ただ黙ったままの、にやついた顔が却って癇に障る。
 アスタロスが軍部の扉へと消えていくと、その者はややオーバーに両手を広げた。
「全く、人付き合いが悪いんだから。私だって、ヒマじゃないのよ」
 その時、政務総監が現れた。緩く纏まった金のウェーブが彼の視界に入ると、嫌味たらしい声が浴びせられる。
「こんな所で何をしておる、アドラメレク。枢機卿なら枢機卿らしく、顧問審査室で待機いたせ」
 有無を言わせぬ口調の尊大な態度に、アドラメレクと云われた者は頭を深々と下げた。
「これはこれは政務総監べリアル様、ご機嫌麗しゅう。貴方の目に止まるとは、この末梢官吏にとって余りある光栄です」
「何が末梢だ、お前は私達貴族を罪に貶める事も出来るではないか。お前に怖れておる者も、少なからず居ろう。無駄口を叩かずに、己の役割を全うする事だな」
 そう言うと、べリアルは彼の側を通り過ぎた。その瞬間、
『この、出来損ないめが』
と小声で蔑(さげす)む。それを耳聡く聞き取り、アドラメレクは遠ざかるべリアルの背中を睨み付けると、幾重にも重ねられたブレスレットを振り回した。

 顧問監査とは、枢機卿だけに与えられた権限である。貴族や名門が多数を占める王宮に於いて、その存在は脅威でもあった。
 聖戦の折に、貴族の対立や暗躍が横行したのは、偏(ひとえ)に彼等を取り締まる役職が無かったからだ、と云われている。魔界の王サターンはそれを深慮し、王宮に仕える特権階級にも、公正に罪や罰を与える事とした。一般人を裁く法とは違い、そうした階級の者達にとっての法務を執り行うのが顧問監査である。故に、アドラメレクの顔色を伺う者や邪険に思う者など、殿上人の大半は彼を良く思っていない。また、彼の存在自体を疎ましく思う輩も、少なからず存在した。
 そんな中で、唯一彼に対して好意的な態度をとっているのが、アスタロスだった。それは元来、彼等が幼馴染みであった事に由来する。中憂郷で孤児として生活していた彼等は、そこの領主から能力の高さを買われ、魔界に移住される事となったのだ。幼い時からお互いを知る者同志である故に、気心を解り合える仲でもあったのである。
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