竜を求めし者達

□太陽は豪奢に微笑む
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 数日前迄は暗い雲に覆われていた空が、今は爽やかな陽光に青い光を反射させている。それは恰も、天空に座する神が人々に祝福を与えているかの様であった。
 灯り取りの狭い窓からの景色を見ながら、その部屋に居た青年は長旅で草臥れた衣服をバサリと払う。可憐だが豪華な城の一角とは思えぬ程に質素な部屋は、厳かでありながら暖かな雰囲気を醸し出していた。それもその筈、この部屋自体が城付きの教会と扉を隔てた私室であるからだ。
 青年は自らの蒼い髪をさらりと流すと、机の上に有る教典に瞳を落とした。蒼天も斯くやと思える程の深い色の瞳が、頁に綴られた文字の羅列を追っている。何度も読み返している愛読書だが、その都度に新しい発見があると青年は感じていた。
 そうして、自分の部屋もこの城も、自分が旅に出る前と些かも変化が無いのを、安堵しつつ不思議な事だとも思っていた。
 つい先日まで、このサントハイム城は魔物の巣窟であった。魔王の策略に依り、城内の者総てが異空間に閉じ込められていた事は、今でこそ明かされた事実である。
 魔王とその配下が『勇者』とその仲間達に倒された後〔実際にはその経緯にも相当の紆余曲折が在ったのだが〕、この城の主サントハイム王が皆に語った事は衝撃的な内容ばかりであった。
 今までの長旅をつらつらと思い出していると
『コンコン』
と、軽やかなノックの音が響いた。彼が返事を返す間も無く、扉が開かれる。最初に目についたのは、明るい赤茶色の柔らかそうな巻き毛であった。
「ねえ、私、とっても良い事思い付いちゃった!」
 開口一番飛び出してきた言葉に、青年は苦笑いを隠せなかった。
「これは姫様、御機嫌麗しく…。ですが、一体何事ですか。態態(わざわざ)私の所に来て下さるとは」
 慌ただしく現れた者に、優しく応える。瞳には、何とも云えぬ光を湛えていた。その目に応える様に、可愛らしい表情を彼に向ける。
「全く、クリフトは堅苦しいんだから。あの旅が終わってから、少しはその石頭も柔らかくなったかと思ってたのに」
「アリーナ姫様も、以前と少しも変わってはおられませんよ。そんな事より、そんなに慌てて…」
 その言葉が終わらぬ内に、又も部屋の扉が乱暴に開かれる。静かに読書に没頭したいと云う彼の願いは、今日は叶いそうに無かった。
 姿を現した者は、老年の男である。杖に寄り掛かり肩で息をするその者は、宮廷魔術師宜しい身形(みなり)であった。
「…ハア…ひ、姫様…。このブライ、姫様のお付きを長年続けておりますが、矢張り貴女様の早足には着いていけませんぞ」
 息も絶え絶えに苦言を提するブライは、その老獪な瞳を恨めしそうに細める。
「何よ、別に私は着いて来てくれなんて頼んだ覚えは無いわ。じいが勝手に着いて来ただけじゃない」
「姫様がクリフトの所に行く、と云う事は取りも直さず良からぬ事を考えている証拠なのですじゃ!」
「なんですって!? 幾らじいでも言って良い事と悪い事があるでしょ!!」
 …程度の低い言い争いに背を向けて、クリフトは水屋からティーセットを取り出した。来客用の茶菓子も用意し、温めたばかりの湯をポットに注ぐ。
 ふわり、ベルガモットの爽やかな香りが部屋に充満した。アリーナとブライもその香りに鼻腔を擽(くすぐ)られ、はたと振り返る。穏やかな笑みを端正な顔に乗せ、二人に向かってさらりと言葉を発した。
「お二人共、もうそれ位になさっては如何かと…。丁度午後のお茶の時間です、大した物ではありませんが召し上がって下されば嬉しいのですが」
 アリーナはその大きな瞳をぱちぱちとさせたが、仕立ての良い靴を鳴らすと椅子に腰掛けた。ブライもその真っ白な髭を扱きながら、簡素な椅子に向かう。小腹の空いた者が、彼の淹れるお茶を拒む事等出来よう筈も無い。
 やっとひと息ついたアリーナは、嬉しそうにクッキーを摘んで口の中に放り込んだ。
「あー美味しい! やっぱりクリフトの淹れたお茶は格別だわ」
「姫様、程々になさりませぬと夕食が入らぬ様になりまするぞ」
 言い返すブライも、二杯目を頂戴している。柑橘類の芳香を放つアールグレイは、彼等の為の取って置きであった。
「…ところで、姫様。良い事を思い付いたらしいですが、それを私に話に来たのでは無いですか?」
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