竜を求めし者達

□友愛(フィリア)と性愛(エロース)の狭間で:前編
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 心を、射抜かれたのだ。その笑顔に、行動に、性格に。
 深い海の色を宿した、ダークブルーの瞳に。さらりと流れる、その蒼い髪にさえ。
 あの時から亡くしたと思っていた感情を、呼び起こされたのだ。


 自分の村が魔物に襲われてから、早二ヶ月が過ぎた。最初、何故村の者が自分を庇うのか、そして父や母が己の出生を明かしたのかも判らなかった。
 村が壊滅した惨状の中、自分だけがおめおめと生き長らえているのが、現実的で無かった。只、自分の不甲斐なさが口惜しかった。

 魔王が復活するなど、自分には全く関係の無い話だと思っていた。魔族に対する憎しみは募っていたが、それは
『デスピサロ』
と云う者に対しての深い復讐心からのものであった。
 ブランカやエンドールに到着した時も、自暴自棄な自分の態度を改めようとはしなかった。
 良く当たる、と云われる占い師に視てもらったのも、只の気紛れであった。それなのに、彼女は自分を『勇者』と呼んだ。
「――この俺が勇者? 姉ちゃん、冗談も大概にしてくれよ」
 鼻で笑ってそう言い返すと、目の前の美しい顔は首を横に振った。
「信じられないのも、無理はありません。ですが、私達姉妹は失意の内に故郷を去り、予言にあった七つの光を『ひとつ』に集める勇者様を探していたのです。旅を続けていけば自ずと判る筈です、さあ共に参りましょう」
 強引な話だとも思ったが、確かに一人旅よりかは何人かで世界を廻れば心強い。別に断る理由も無かったから、早速この姉妹――マーニャとミネアの二人と行動を共にする事とした。
 詳しい話を聞けば、彼女達は仇討ちの最中らしい。自分もその戦力に入れようとする目論見か、と思い、確かに女の腕だけでは無理な話なのだろうと納得した。

 仲間は順当に集まって来た。『信じる心』などという陳腐な名前の宝のお陰で、ホフマンと云う青年が馬車を提供してくれた。全く、見ず知らずの者によくも此処まで出来るな、と内心毒づいた。「男友達として仲良くしよう」とも言われたが、まだ自分はそんな人慣れする余裕は無かった。
 コナンベリーでは、大灯台に巣喰う魔物を倒した功績で、トルネコが自分達と一緒に行動すると言った。大商人の考える事は判らない、とも思ったが、奴も一人で旅をしていて危険な目に遭ったのだろう。
 利に聡い彼の考え方も、理解した。そうした奴の方が、付き合い易い。
「これでやっと、私の造り上げた船が出航出来ますよ。この広い大海原にはきっと、素晴らしい宝が眠っている筈です。そもそも私の目的は、至宝とも云える『天空の剣』をこの手に取ってみる事なのですよ」
 天空の剣か。そういえば、アネイルでも天空の鎧が何たら、とか言っていた気がする。
 神は信じない質だし、そんなお伽話に振り回されるのもどうかと思うが、他人の事はどうでも良い。

 航海中、マーニャが自分に話し掛けてきた。風は凪いでいて、魔物の気配も無い穏やかな日だった。
「ねえ、アトラス。あんた、もーちょっと人に心を開こうとは思わないの?」
 陽光に似つかわしくない出で立ちの女だが、時にギクリとする位的確な事を言う。
「…別に、お前等に迷惑は掛けてねぇだろ。必要な事は伝えてるし、お前等の意見も聞いてるつもりだぜ」
「そうじゃ無いでしょ。…あんた、皆とお喋りしたり笑ったりとか、全っ然しないじゃない。そんなんじゃ、幾らパーティのリーダーでも浮いちゃうわよ」
 馬鹿馬鹿しい。自分はお前達と違って、復讐の為に世界を旅してるんだ。呑気に談笑なんかできるか。
 こんな気持ち、誰にも判らないだろう。大切な人達全部、根刮(ねこそ)ぎ奪われちまった。それも、自分の存在のせいで。
 自分が心から笑えるとするならば、あの『デスピサロ』を地獄に葬った時だ。
「……考えとく」
 短く応えると、甲板から船室へと戻った。まだ何か言いたげなマーニャを無視して、自室へ入る。
 持ち物を入れている大きな袋の中から、薄汚れた羽根帽子を取り出した。自分の村の思い出は、もうこれしか遺されていない。自分の幼馴染みの、たった一つの存在。彼女の事を忘れる等、出来ようものか。
〔ずっと一緒に、あの村で暮らす筈だった。…俺は、あの時から動けなくなっちまったよ……シンシア〕
 船の外からは、波の打ち付ける音が只規則的に聞こえてくるのみであった。

 コナンベリーから南下すれば、ミントスは目と鼻の先であった。地図が無いと船旅は危険だ、というトルネコの意見を呑みこのミントスくんだりまで地図を得ようという事らしい。マーニャとミネアは、すぐにでもキングレオ城に乗り込みたそうだが、あの城は魔法で施錠されていて、今の自分達では潜り込むのは不可能であった。
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