竜を求めし者達

□神の赦(ゆる)しは何処(いずこ)に在りや
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――では、迷える仔羊よ。あなたの胸にある、秘めたる罪を懺悔なさい。


――はい、神父様。


――私は、罪を犯しました。自分の立場にあるまじき、取り返しのつかない罪を。


――私には、大切な仲間と命よりも重い守るべき者がいます。そして、その方々の為に尽力を惜しまず自らの為すべき事を全うしていた、とも自負しております。


――その仲間の一人に、私の初めての友…いえ、誰よりも親しい友人ですから親友とでも言いましょうか…が、いるのです。


――出会ったばかりの時は、その方の性格に反発して、正直苦手だと思い込んでおりました。ですが、その方の心の傷や、不器用な優しさを知るにつれ、自分の考え方が間違っていた事に気付いたのです。


――あの方は、自分を初めての親友だと言ってくれました。そう言われた時、私も矢張り心の底から嬉しく思いました。私にも親友と呼べる者に出会ったのは、これが初めてだったからです。


――それから、彼と私は親友として、何十年先でも心を許しあっていきたい、と誓いました。


――しかし、それが叶わぬ夢となりうる程の罪が、私には待っていたのです。



――私達は、目的を持った旅の仲間です。強大な目標に向かう為に力を合わせ、困難を乗り越えてきました。最早一歩も先に進めぬかと危惧した事も幾度となくありました。ですが、私達の精神は折れる事無く、今日まで旅を続けられたのです。それは、皆様の力量と絆の深さが成し得た快挙とも言えるのです。


――その旅の途中より、私の親友…その方は私達のリーダーでもあるのですが…の様子がおかしい事に気付いたのです。


――最初は、とある辺境の街の宿屋でした。私達は長旅の行程に疲れ果てており、柔らかなベッドに横たわるのを至上の幸福だと感じておりました。彼も私と同じ気持ちだった筈です。


――その日の夜、泥のように眠る私の髪に触れる感触に気付きました。いえ、髪だけではありません。丁寧な動作で触れられたのは、頬や首筋といった敏感な皮膚の部分でした。


――私は一体何事だろうと、微睡みの中瞳を開けました。薄暗い夜の帷(とばり)で目に入ったのは、親友の緑色の髪でした。


――私は驚きと困惑の中、それでも眠ったふりをしました。彼の意図を知る為に、起きて問い質す事も出来たのでしょう。ですが、私は身動きもできなかったのです。


――それは、私が彼に対して得体の知れない感情を抱いていたからです。それが判ったのは、彼が次にとった行動を甘受した為でした。


――………彼は、眠っている私に……口付けをしたのです。額、頬、首筋、手首……私の肌に、彼の唇が感じられました。異常な事だとお思いでしょうが、それでも私は瞳を硬く閉じてやり過ごしました。


――最後に唇を重ねられ…思わず私が身じろぎをすると、彼は素早く私の上から身を離し、部屋を出て行ったのです。


――その日から、夜中に彼がやってくる事が増えました。その都度、彼は同じように私の体を抱き締め、口付け、唇を吸っていくのです。…まるで、恋人と愛を育むように。


――彼は情緒不安定だけなのかもしれない、と自分に言い聞かせました。本来ならば彼と話し合い、これはどういう事か、私に何を求めているのかを聞くのが私の採る道なのでしょう。私は、人の悩みを聞く役割も持っているのですから。


――しかし、それを聞くのが私には出来ない。…怖いのです、彼に問い詰めて今の親友である関係が崩れてしまうのが。彼は表面上では、何事もなく私と接してくれていますが、私は夜中の密事に翻弄されているのです。


――私はどうすれば良いのでしょう。私の心に沸き起こった感情は、刹那的な…彼を憐れむものなのか、それとも私が密かに恋い慕う方への想いとはまた違ったものなのか、それすらも判らないのです。


――迷える仔羊よ、貴方の悩みは彼と自分の関係なのですか? それとも、彼と自らが犯した罪ですか?


――彼に罪はありません。許した私に罪があります。私は、彼を許した自分の気持ちが判らないのです。そして、彼が私に親友以外の感情を向けているのかも、判らない。…判らないのです。


――苦しい胸の内を告白してくれて、感謝します。…貴方が彼を大切にするのなら、彼とよく話し合った方が良いでしょう。貴方達はまだ若い、道に逸れたとしてもやり直せます。本当の親友とは、厳しい事も言い合える仲だと、私は思います。


――……神父様……。そうですね、そうあるべきです。私も、自分の心とちゃんと向き合い、彼とこれからどう付き合っていきたいのかを考えていきます。


――では、神父様。長い懺悔に付き合って下さり、有難う御座いました。


 静かになった懺悔室の奥で、初老の神父は溜め息をついた。実は昨日も、似たような懺悔を聞いていたのである。
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