竜を求めし者達

□友愛(フィリア)と性愛(エロース)の狭間で:後編
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 大切にしたい。
 守りたい。
 傍に居たい。
 そう思う事に、友情と恋愛の区切りが必要なのか。

 愛おしい。
 抱き締めたい。
 口付けたい。
 友人に対してそうした想いを抱いた時、その友情は壊れてしまうのか。


 サランの街は、至って穏やかである。サントハイム城が魔物の巣と化していた時も、この街は変わらぬ時を過ごしていた。
「サランはちっとも変わってないのに…どうして、サントハイムだけが狙われたの?」
 アリーナが珍しく、弱気な声で呟く。何時もは自信に満ち溢れた瞳に、不安な色が混じっていた。そんな彼女に、マーニャが肩を抱いて慰める。
「アリーナ、大丈夫よ。…バルザックは倒したんだし、お城はもう大丈夫な筈。あんたの大切なお父さんも、絶対どっかにいるって」
 ミネアも、ハンカチーフで目頭を押さえている。念願の敵討ちを果たした姉妹にも、言いようの無い虚無感があった。
 バルザックは、サントハイム城の玉座に鎮座していた。あわよくば、サントハイム領土を乗っ取ろうという魂胆だったのだろう。だが、その野望はアトラス達に依って潰える事となったのである。
 アトラスは、重苦しい雰囲気に溜め息を吐いた。
 アリーナだけではない。ブライも苦々しい顔付きで、サランの地を杖で突く。サントハイムの重鎮であった彼にとって、今回の戦いは国を奪還する意味もあった。
「これでは元の木阿弥ですな。…せめてもの救いは、マーニャ殿とミネア殿の敵が討てた事ですが」
 だが、サントハイム城の者達の行方は未だ知れず、生存の確証も取れていない。バルザックを倒した事により解明された事実は、彼すらも『進化の秘法を完成させる為の』捨て駒に過ぎない、という衝撃的なものだった。

 馬車の管理をしているトルネコが、宿屋の裏手にパトリシアを繋げている。大人しく飼い葉桶に首を突っ込んで、空腹を癒やす雌馬を、彼は優しく撫でていた。アトラスに気付くと、柔和な笑顔で口を開く。
「皆さん、お疲れでしょう。宿の手配は済んでますから、お休みになられては如何ですか」
「ああ、そうだな。…済まないな、トルネコ」
「何が、ですか」
「お前には、いつも雑用を押し付けちまう。俺もだが、どうも皆はそうした気が回らねえ」
 低い声で伝えるアトラスに、トルネコは快活に応えた。
「いえいえ、私はこうした細々した事が、性に合ってるんですよ。戦うより気が楽ですし、楽しいもんです」
 アトラスは笑って、尻を掻いた。彼の何時もの癖である。
「そうか、ならいいんだ。けどな、お前も緊急時は戦闘に参加してもらうからな」
「ははは、そうですな。まあ、要領良い奴だとか言われないようにしますよ」
 そしてトルネコは、一息つくとまた言葉を紡いだ。
「アトラスさん、最初に出会った頃より、ずっと明るくなりましたな。…何だか、嬉しいですよ」
「止せよ、照れ臭い」
 顔を伏せて背を向けるアトラスに、トルネコは息子を見るような気分になった。
「じゃあな、明日も宜しく頼むぞ」
 そう言って手を振ると、アトラスは既に夕暮れ時の街並みを歩き始めたのである。

 アリーナが宿屋の二階に上がると、其処に居たサントハイムの兵士が、彼女の前に現れた。アリーナも驚いて、彼の姿を確認する。付き従うブライとクリフトは、サントハイムの縁の者の発見を喜んだ。
「アリーナ姫! ご無事で何よりです、皆様もご健勝で在らせられて…」
「あなたは、サントハイムの近衛兵ね!? 良かったわ、お城はもぬけの空だし魔物の巣になってたし…」
 アリーナも安堵の溜め息を零して、彼に事の顛末を尋ねる。だが、詳しい事は兵士にも判らないらしく、ただ
「王陛下は、夢の件で重大な内容を発表するとだけ言っておりました。私はたまたま、このサランに出向いていたので内容は聞いていないのですが…。そのすぐ後に、城の者がいなくなったのです」
と、済まなそうに語ったのであった。
 アリーナは落胆したが、それでも仄かな原因を掴めたと感じて、瞳を光らせる。
「お父様は、以前から予知夢を見る事があったわ。なら、もしかしてまだお父様の残した夢のお告げで、手掛かりがあるかも知れない」
「確かサランには、陛下の幼い頃の教育係が住んでおりましたな。儂の前任者とでも云うべき者なのでしょうが」
 ブライが、はたと思い出して口にする。記憶力は衰えておらぬようであった。
「そのお方ならば、何かを知っている可能性がありますね。早速、捜してみましょう」
 クリフトが提案した事に、アリーナも頷く。階段を降りようとした時に、下から来るアトラスと鉢合わせた。
「お前等、どうした。そんなに急いで…」
 アトラスが不思議そうに問い掛けると、アリーナは真剣な眼差しで彼に応えた。
「サントハイムの件で、手掛かりが掴めそうなのよ。だから、今から行ってみるつもり」
 通り過ぎようとした彼女を、アトラスは制した。
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