竜を求めし者達

□Lalira
2ページ/58ページ

●1:破滅の始まり

 雷鳴轟くその城には、一人の青年と思しき者が玉座に鎮座していた。
 腰まである銀の髪はさらりと流れ、燃え上がるが如くの紅い瞳は虚空を見詰める。恐ろしい程に整った顔には、不機嫌そのものの気配を漂わせていた。
 青年は溜め息を一つ吐くと、肘で顎を支える。ざわざわと騒がしい大広間には、異形の魔物が無数に集っていた。
「…デスピサロ様、今暫くのご辛抱を。エスターク様は、必ず何処かで復活の期を狙っておられる筈です」
 右隣で膝を付く者が、進言する。一見、人間とも見える姿形をしているが、纏う気質は邪悪な闇そのものであった。
「エスターク様の件は貴様に任せている。…エビルプリーストよ、この天空の荒れ方は一体どうした事だ。まさか、伝説通りに勇者と云う者が生まれたのか」
「勇者……我等魔族に徒為す者ですな。それも抜かりはありません、以前より勇者と思しき者を探しております」
 まだ小さな光である内に、この手で闇に葬り去ってしまいましょう。そう続けると、エビルプリーストは魔物達に向かって声を上げた。
「聞いた通りだ、皆の者! デスピサロ様はまだ幼い勇者を探しておる! 探し出して必ず殺すのだ!!」
 おお、おお、と不気味な轟音が城中に溢れかえった。が、当のデスピサロはそれにも興味無さそうに瞳を閉じた。
「魔族に栄光を! このデスパレスに永遠の繁栄を!!」
 何時までも終わらぬ喝采に席を立ち、デスピサロは城――デスパレスを後にしたのである。


 その翌日。
 デスピサロは、『ロザリーヒル』というホビットの村を訪れた。彼の姿を見た村の者達は、口々に
「ピサロ様」
と嬉しそうな声を上げた。彼もデスパレスに居た時とは違い、柔らかな笑みを皆に向ける。そうした時は、彼の冷酷な雰囲気は薄らいでいた。
「皆の者、達者で居たか。…人間どもに見つかってはおらぬだろうな」
「こんな辺鄙(へんぴ)な場所、人が来ることなんかありますまい。安心して下さい、ピサロ様」
「…うむ」
 村にはやや不釣り合いな、高い塔が見える。彼は、漆黒のマントを翻してその塔の前に立った。
 デスピサロ――ピサロは、服の袂から笛を取り出した。息を吸い込み、笛を吹き始める。妖しい程の美しい音色が、村中を包んでいた。
 やがて、ピサロの立っていた場所がゆっくりと地下に沈んで行った。どの様な仕組みかは判らぬが、隠された地下通路にピサロは到着した。
 狭い通路は、割合に清浄な気配を伴っていた。幾度か階段を登ると、この村で一番高い塔の頂上に達した。
 其処には、一人の少女が住んでいた。否、幽閉されていたと言っても良いであろう。ピサロと同様の長い耳は、彼女が人ではない事の証でもあった。彼女は、エルフなのである。
「変わった事は無いか、ロザリー」
 ロザリーと呼ばれて、彼女は振り向いた。薄紅色の長い髪がうねりを持って揺れる。赤い瞳は宝石の様に輝いており、ピサロの灼眼とはまた違う印象があった。全身から優しげな気質が漂っているが、その表情は哀しげに曇っていた。
「…ピサロ様。大丈夫です」
「そんな顔をするな。…腹の子に悪いであろう」
 そっと、ロザリーの下腹部に触れる。ピサロの温もりが、彼女の体を癒やしていた。
「この子は、魔族とエルフの掛け橋になる筈だ。そして…ロザリー、愛しいお前の命ともなろう」
 ロザリーは躊躇いがちにピサロに寄りかかった。彼も、優しい笑みを返して抱き寄せる。
「私はこれから、野望を果たす為に忙しくなる身。世界が魔族の物になるその日まで、お前はここで待っていろ」
 そう言うと、ピサロは部屋の隅にいる青い物体に話し掛けた。
「ロザリーに何かあったら、すぐに報せろ。それから、ロザリーの話し相手をしてくれて、感謝する」
 青い物体――スライムは、ぷるぷると体を揺すった。
「はい、ピサロ様! ぼく、頑張ってロザリー様を守り通します!」
 その可愛らしい威勢の良さに、ピサロは破顔一笑する。魔物としては愛嬌がある故に、スライム族は時に人やエルフにも懐くのだ。
 短い別れの言葉を掛けると、ピサロはその場を後にした。ロザリーはその後ろ姿を見詰めながら、瞳から一筋の涙を流す。零れ落ちた涙は、美しい真紅の宝石に変化していた――。


 デスパレスの一室では、数人の魔物が儀式らしきものを行っていた。
 中心にいるのは、エビルプリーストである。彼は、祭壇に灯る青い炎をじっと見詰めてながら、何かを呟いていた。
「……闇が世界を覆う時、光も必ず現れる。闇の深さに依って、光持つ者もまた眩く光る…」
「どういう意味だ?」
 巨大な体と羊の様な角、そして禍々しい羽根を持つ者がひそひそと隣にいる者に聞く。頭の回転が鈍い彼等には、エビルプリーストの行っている事自体理解不能であろう。
「…勇者は未だ生まれ出でず、破滅の帝王も同じく復活の兆しをみせぬ。しかし…」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ