竜を求めし者達

□太陽は豪奢に微笑む
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 クリフトの問い掛けに、アリーナが大きく頷く。動き易い短めのスカートをぱんと勢いよく払い、テーブルに両手を付いた。
「そうそう、それよそれ! あのね、城の皆も無事に戻って来たし、お父様もやっと本調子になってきたじゃない。だから、私アトラスの村に行こうと思ってるの」
 ブライの目が細くなり、眉間に皺が寄る。
「何ですと!? 城にお戻りになってから、未だひと月も経っておられぬのですぞ! 絶対になりません!」
「だって、お城での生活ってホント詰まらないんだもの。行儀作法にダンスに帝王学なんて、勉強ばっかりで息つく暇も無いんだから」
 唇を尖らせて抗議する顔は、年相応の少女のそれである。確かに、若干十八の青春盛りには詰め込み教育は逆効果ではあろう。だが、彼女には父や周囲の者達が頭を悩ます趣向があったのだ。
「姫様は少々…否、可成りお転婆なのですじゃ。行く先々で至らぬ騒動を起こされては、このサントハイム王国の沽券に関わりまするぞ」
 アリーナの武闘家としての名声は、広く世界中に響き渡っていた。偏に、大国エンドールで開かれた武術大会の優勝が起因である。クリフトは、その時の様子を思い出して密かに胸を熱くした。
 この方は、城でただ安穏とした生活を送るのは到底無理であろう。そうクリフトは考えると、優しい表情と声音で自分の意見を述べた。
「…確かにブライ様の仰る事は尤もです。しかし、アトラスさんの村に行くという提案は賛成に値するかと存じますよ」
 聡明な青年神官の意外な言葉に、ブライは含んだ紅茶を吹き出した。大袈裟な程にむせる姿は、滑稽にも見える。
「…お主は何を言っとるのじゃ! 全く、直ぐ姫様の味方をしよってからに…この阿呆め」
「クリフトはこのサントハイムきっての天才だって、さんざん褒め上げてたのは誰よ。そうよね、良い考えよねぇ」
 風向きが変わったのに気を良くして、アリーナはふんわりとしたパウンドケーキを一口かじった。甘いバターの香りが、口腔内から鼻に抜ける。手先の器用な彼の作る菓子は、アリーナの好物であった。
「…実は私も、城内が落ち着いたら一度あの方の村に支援をしたいと思っていたのですよ。幾らシンシアさんが居るからと云っても、二人きりで村を再興させるのは至難の技でしょうし」
 クリフトの言葉に、ブライは口元を拭ってうむむと唸る。髭の先に付いた亜麻色の雫が、重量を感じさせた。
「アトラス殿は、お主の親友でもあったのう。…似ても似つかぬお主等が、あれ程仲良くなるとは思わなんだ」
 ブライの言葉に、青年は『そうかも知れぬ』と内心呟いた。
 自らの出生や学歴のせいで、クリフトには同年代の友人が居ない。飛び級で卒業した神学校では特別視され、腹を割って話せる者など皆無であった。
 どこか堅苦しいクリフトに、肩の力を抜くように諭したのもあの跳ねっ返り勇者だった。最初は反発も覚えたが、それが彼の性格だと解ると自然と心が落ち着いた。
 だからアリーナの提案を聞いた時、彼自身も嬉しく思っていたのである。
「じい、そんなに心配しなくても大丈夫よ! だって、じいとクリフトも一緒に来てくれるんでしょ?」
 アリーナの言葉に、またもやブライが咳き込んだ。慌ててクリフトはブライの背中をさすり、清潔なハンカチーフを手渡す。それでも、彼女にとってその考えは至極当然なものであった。
「だってあの旅でも、二人が居たから最後まで挫けずに続けられたんだもの。そりゃ最初は一人旅の方が気楽かなって考えてたんだけど、やっぱり二人の魔法が無かったら大変だったと思うわ」
 自然とクリフトの顔が紅潮した。幾ら密かに慕っているアリーナからの言葉とはいえ、面と向かって褒められるのは照れがある。
「だから、安心して! じいとクリフトなら、お父様も私が城を出る事を許してくれる筈よ」
「何が安心ですか! せっかく城に戻ってのんびりしようと思ったのに、また姫様の我が儘に付き合わされるのか…」
 ぶつぶつと愚痴を零すブライは、それでも何処か嬉しそうな様子である。追加の紅茶をティーカップに注ぐクリフトに、ブライは振り返って言った。
「お主が姫様を擁護したのじゃから、王様を説き伏せるのはお主の役目じゃぞ。この阿呆垂れめ」
 『フン』と鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、クリフトはその背中にこの老人特有の優しさを感じていた。

 翌日の早朝、クリフトは早速謁見の間に現れた。
 サントハイム王は、今まで見た夢を記録し保管するという作業を興していた。サントハイム王家の血筋は、代々夢見の能力を持つと云われている。それが顕著に顕れたのが現サントハイム王であり、この城の住人全員が異次元に閉じ込められた理由であった。
 膝を付いて正式な礼を為すと、クリフトは顔を伏せた儘で言葉を発した。
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