竜を求めし者達

□友愛(フィリア)と性愛(エロース)の狭間で:前編
2ページ/8ページ

 陸路からミントスへの道筋は魔物の出現も少なく、至極平穏な行程だった。否、平穏過ぎると言って良かった。嵐の前の静けさの様な、そんな妙なものがしっくりとくる。
 そしてその嵐は、確かに存在したのだった。

 ミントスは、活気のある街である。だが、エンドールの様な大都会とはまた違った、長閑な空気に支配されてもいた。
 ホフマンは、この街に入った途端に自分達と別れたいと願い出た。
「ヒルタン老人から、商いのノウハウを学びたい」
との事であった。人の夢や希望に水を差すつもりは無い。
「商売人同士、もう少しお話していたかったですが…残念ですよ」
「ミントスに寄ったら、またホフマンに世話かけるからね!」
「ホフマンさんに、明るい未来が訪れますように」
 皆が、口々に別れの言葉を述べる。最後に自分が
「じゃあな」
とだけ言うと、少しだけ寂しそうな顔をした。
「アトラスさんとも、仲良くなりたかったですね」
 そして、中央の広場に駆け出したホフマンは、もう振り向きもしなかった。

 中央の広場では、商売の神様と尊敬されているヒルタンが、若輩の商売人達に講義を開いていた。商人など金儲けの事しか考えていないのか、と思っていた。
 だが、『人に対する気遣い』を大事にすると云う事を聞いて、多少は成る程と思った。客との信頼関係が必要、とも教えられた。
〔信頼関係、……か〕
 久しく忘れていた言葉であった。そうした言葉を素直に信じ切っていたのは、いつであったか。この旅で、それは変わるのか。
 そう思っていた矢先の出来事だった。
 この街で一際目立つ建物の扉が、凄まじい轟音と共に破壊されたのである。


「一体、何事だっ!?」
「魔物の襲来か!!」
 色めき立つ町民達。自分達も、思わず得物に手を延ばした。が、扉は外からではなく内側から壊された模様である。濛々(もうもう)とした塵芥から現れた姿を見て、驚いたのは自分だけでは無かった。
「…女の子!?」
「まさか、あんな可愛い子が扉を壊すなんて……」
 ざわり、と騒ぐ人々を後目に、その少女はミントスの街から走り去った。まるで小鹿の如き素早さである。
 呆気に取られていると、続いてその建物の中からよろよろと一人の老人が歩み出てきた。未だに埃が立ち込める扉付近で、枯れた声の叫びを上げている。
「アリーナ様! お待ち下され、無理をしてはなりませ……ゴホッゴホ……」
 咳き込んで倒れそうになった彼を、ミネアが駆け寄って介抱した。回復呪文を唱えて、体を支える。
「大丈夫ですか? さあ、掴まってください。起き上がれますわよね」
「おお、すまんのう……。見ず知らずのお嬢さんや。迷惑ついでに、儂をこの宿の二階に連れて行って下さらんか。あの方に追いつくのは、この老骨にはもう無理じゃて」
 勿論、と優しい笑みを見せてミネアは老体を起こす。その瞬間、彼女の懐から水晶球が転がり落ちた。妹の落とし物を慌てて広い上げたマーニャは、その球体が仄かに輝きだしたのを訝しく思った。
「ミネア、これ落としたわよ。…それから、アトラス。あんたぼーっと突っ立ってないで、ミネアとあのお爺ちゃん助けてやんなさいよ」
 全く、世話焼きの姉妹だ。トルネコは街の中で買い出しの最中であるし、自分に声が掛かるのは予想していた。
「判ったよ。…この建物、宿屋だったのか。こんな片田舎の割に、似つかわしくない位に立派だな」
「この宿も、ヒルタン老人が建設したそうですじゃ。この地方が拓けたのも、偏に彼の事業の成果なのじゃろうて」
 肩を貸して階段を上がる。二階に部屋を取っているらしい。
 長期滞在しているのだろう、宿や街の構造や歴史を良く知っていた。隠居の好好爺が道楽で旅を続けているのか、と思ったが、部屋に入るなりその考えは否定された。

 快適に設えられた室内の片隅で、一人の青年がベッドに横たわっていた。明るい日差しが窓から差し込んでいると云うのに、その一角は得体の知れない禍々しさが渦巻いていた。
 真っ白なシーツに埋もれている者の顔を覗き込むと、最初に思ったよりも若い印象である。自分と、そう歳も違わぬであろう。熱を帯び上気した顔は、青ざめていて悲壮感が漂っていた。伏せられた双眸は小刻みに震え、唇からは苦しそうな呻き声を上げている。
「アトラスさん、…この人、酷い病に冒されてますわ。これは、邪悪な力の働きかも知れません」
 ミネアが一目見るなり、青い顔になった。彼女も、事の異常さが理解出来たのであろう。並大抵の病でない事は一目瞭然であったが、占い師としての彼女の勘がそれよりも重大な事を告げる。
 老人は頭を下げると、ゆっくりと口を開いた。
「挨拶が遅れましたな。儂の名はブライと申します。…実は、このミントスに着く直前に、同行しておる仲間がこの様な病に掛かってしもうて…」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ