竜を求めし者達

□神の赦(ゆる)しは何処(いずこ)に在りや
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――では、迷える仔羊よ。あなたの胸にある、秘めたる罪を懺悔なさい。


――懺悔、か…。俺には懺悔する事が多すぎるがな。俺の為に何人もの犠牲が出たか、俺の奪った命は数え切れない程になるか……今日はそんな事言いに来たんじゃねえが。


――俺は、仲間と共に旅を続けてる。目的はあるが、大きすぎて潰れちまいそうなモンだ。それでも心が折れねえのは、仲間が居るからだろうな。


――俺は、その仲間の一人に惚れちまってる。そいつは男で、他に好きな奴がいる。だから、俺はそいつと『親友』になった。俺が親友だと言ったら、そいつは嬉しそうに笑ってくれたんだ。……だからそれで良い、と決めた。決めた筈だった。


――だが、ある日…何時ものように魔物と戦っている時だった。ふとそいつを見やると、誰よりも傷だらけで俺達に援護する姿が目に映った。俺は忘れてた、そいつの性格と役割を。自分を犠牲にして、他人を守る奴なんだ。俺の仲間で、最も死に近い所にいるのがそいつだった。


――それに気付いてから、俺は自分の感情に抑えが効かなくなってきた。いつか、こいつは俺達の為に命を落とす。その前に、こいつに自分の気持ちを伝えられるのだろうか、と。


――そいつが眠っている時に、俺は自分の感情を行動に移した。疲れ切って目を醒まさないのを良い事に、俺はそいつに触れた。そいつが俺の行為を知ってしまったら、俺から離れていってしまうだろうな。なんたって、そいつは厳格な聖職者って奴だから。


――それからも幾度となく、夜中になると俺は寝ているそいつの部屋へ、忍び込んだ。まだ気付かれてない、気付かれない内に自分の汚い欲望を満たしたかった。……けど、虚しくも思っていた。そいつの心には、俺は居ないから。


――俺は、自分の想いが罪だとは思ってない。自分の行為のせいで、親友であるそいつを汚してしまった事が、罪だと思ってる。だから、その罪のせいで下される罰なら、受け入れる覚悟はある。


――だけど、虫の好い話だと思うが…そいつに、俺の想いを伝えたいとも思ってる。どうか、俺の気持ちを汲み取って欲しいとも思う。これは、子供じみた我が儘なのかもな。


――この俺の罪を、あんた方の知る神様ならどう罰するんだ? 赦しを得られるなら、そいつに対して赦してやってくれ。俺に、救いは要らない。


――貴方の罪、しかと聞きました。…神は、総てに平等です。


――貴方の罪は歪んだ道を取った事、しかし貴方はまだ若い。歪んだ道も、長い人生に於いては短い寄り道でありましょう。彼を大切な友人と思うならば、目を醒まして道を切り開くのです。


――……貴重な助言、ありがとよ。神に感謝するぜ。だがな、俺はこれから進むのが歪んだ道でも構わないんだ。……じゃあな。



 懺悔室の暗い部屋から、人の気配が失せるのを、神父は目を細めて見送っていた。


 昨日と今日に交わされた懺悔は、神父の胸の内で溶けていってはくれなかった。わだかまる言葉の端々が、強い絆のようなものを感じさせたからだ。
〔大きな目的の為…か〕
 今の時勢、そうした旅を続ける事が珍しい。魔王の噂が蔓延(はびこ)る昨今、惰性に生きる者も少なくないと云うのに。
 昼近くになって、ステンドグラスから日差しが戻ってきた。神父にはその明るい日の光が、神からの赦しを示しているようにも見えたのである。


 きっちりとした神官服に身を包んだ青年が、教会から出て来たのを確認すると、まだ幼さを残す少女がはじけるような笑みを見せた。
「クリフト、遅かったわね! もう昼食の時間よ、早く行きましょう」
 青年も、柔らかい笑みを返す。
「申し訳ありません、姫様。少々、長くなりました」
「別にいいわよ、今日は休みなんでしょ。アトラスも言ってたわよ、しっかり休むのも必要だって」
「そうですね。…ブライ様にも迷惑かけました」
「お主にとっては、教会は落ち着く場所じゃからな。儂には、ちとむず痒いが」
 腰の曲がった老人が、目を細めて歩き出す。仲の良い三人が、他人にはどう映っているのだろうか。
 不意に、背後から声を掛けられた。
「おい、クリフト」
 緑の髪が太陽に反射して、光を放つ。まだ少年に見えるが、エメラルドの瞳には鋭い光が忍んでいた。
「ああ、アトラスさんも来て下さってたんですね。今から戻ろうと思ってたんですよ」
「アリーナ達とバッタリ会ってな。お前が遅いから、こいつらの話し相手になってた」
「アトラス、あんまり喋らないからつまんないわ! やっぱりマーニャ達と買い物に行った方が楽しかったかしら」
「いやいや姫様、マーニャ殿と一緒だと悪影響まで受けてしまいますぞ」
「ブライはいつもお堅いんだから!」
 そんな他愛もない会話にも、クリフトは穏やかな笑顔を見せている。青い髪は、帽子の陰で暗い色に変じていた。
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