竜を求めし者達

□メタル装備のお姫様
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「まあ、あんたは大好きなお姫様と離れたく無かったんだもんねぇ。馬車で仲良くイチャイチャしたかったんでしょ」
「めっ…滅相も無い! そんな事、考えておりませんよ!」
 顔を真っ赤にさせて必死に否定するが、その態度では逆効果である。おろおろとする姿は、普段の冷静な彼とは思えない。その上、今は天空の塔の最上階である。クリフトにとっては、総ての状況が恐怖の対象であった。
 だが。
 それよりも、彼にとって更に恐ろしい出来事が起きたのである。

 それは今居る塔の上空から、静かに降りてきた。
「これって…雲か? これに乗れって事だよな。よし、行くか」
 アトラスは盾を構え直すと、一同に促した。至極当然だとばかりに乗り込もうとした時、矢張り一人だけ信じられぬ様な顔で強張っている者がいた。
「…これに乗るなんて、非現実過ぎます。だ、大体天空に昇る事が出来るのは勇者たるアトラスさんだけでしょう? 私は嫌です、絶対嫌です!! 足元がふわふわして安定してないなんて…私は此処で待たせて頂きます!」
 クリフトは一気にまくし立てると、肩を上下させながら息をついた。思わずアトラスの、尻を掻く何時もの癖が出る。
「お前…こんな魔物だらけの場所に一人だけ残せる事出来んだろ。早く来いよ」
「そーよ、私も乗ってるけどちっとも平気よー。面白いわよ、遠くまで見渡せて」
「マーニャ殿、そうは言ってもあまり身を乗り出すと危険ですぞ」
 既にライアンとマーニャはさっさと雲に乗っかっている。はっきり言って重装備のライアンが乗っていても大丈夫だと云う事は、安全でなかろう筈が無い。だが、それでもクリフトは柱にしがみついて動こうともしなかった。
 大体、此処まで来るにも一苦労であったのだ。魔物が現れれば、彼も仲間を癒やし守る事に専念する為高所という事も忘れるのであろうが、はたと我に返れば恐る恐る歩を進める彼のペースに合わせて、行程は随分と遅れがちであった。
「だからっ、私は下で待ってますとあれ程言っていたじゃないですか! アトラスさんが私の言う事聞いてくれないからですよ!」
「おいおい、俺のせいかよ」
「当たり前です!!」
 涙目で言われると、自分がそんなに悪い事をしたのかと多少の罪悪感を感じた。
 だから。
「…よし、なら俺が責任を取ろう。それなら良いな」
 そう言うなり、彼の腕を強く引く。
 何事か、と思う間も無く、アトラスは素早く右腕を彼の両脇に滑り込ませた。左腕も同様に両膝に差し入れると、其の儘力を込めて抱え上げる。所謂横抱きであり、まあはっきり言えば『男がされるには相応しくない』抱えられ方であった。
「うわあっ! 何するんですかアトラスさん、無理やり連れて行こうっていうんですか!」
「だって仕方ないだろ、お前足ガクガクしてるし」
 それを見ているライアンは、がっくりと項垂れた。男らしくないを通り越して、女々しい奴めと内心毒づく。マーニャはマーニャで、再び笑いのツボに入ったとみえ大爆笑していた。
「ぷぷぷーっ、あんたの方がアリーナよりもよっぽど『お姫様』じゃん! 面白すぎ」
 冷やかされて、クリフトは顔を紅潮させた。
「降ろして下さい、自分で歩きます!」
「そうか? でもホラ、こんなに高いぞ」
 意地悪そうな笑みを浮かべ、アトラスは塔の端まで進もうとした。ひぃ、と短い叫びを上げて、クリフトは思わず彼の背中に両腕をしっかと回す。
「そうそう、そんな感じで掴まってろ。じたばたしたら、本気で危ないからな」
 何処となく嬉しそうな声音で雲に乗り込むアトラスの腕の中で、クリフトは
〔ああ、神様……。天空の城は、どうか高さを感じさせない場所であって下さい……〕
と、緩やかに上昇する雲の気配を感じながら、必死に祈っていたのである。

 天空城は、想像以上に荘厳であった。
 魔力で形成されていると思しき巨大な雲の上に、この世とは思えぬ美しき白亜の城が聳(そび)え立っている。その外観を見上げて、一同は暫し呆然としていた。
 選ばれし者にしか、この城には辿り着けぬ。その意味が、漸く理解出来た。
「こんなモンが空の上に浮かんでるたあな。魂消(たまげ)たぜ」
 アトラスの呟きを聞いて、ライアンも感慨深げに力強く頷く。長年勇者を捜し求めて行き着いた先が、夢の様な場所であったのだ。彼は、今までの苦労が報われた気分であった。マーニャは努めて明るく微笑むと、我先にと天空城へと足を向けた。
 アトラスもそれに続こうとする。と、腕の中に居る者が、困惑した表情で問い掛けてきた。
「…あの、もう降ろしてもらえませんか…?」
 懇願するクリフトに、アトラスは無表情で言い放つ。
「お前、下は全部雲だぜ? 降ろしてもいいが、マトモに歩けんのかよ」
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