竜を求めし者達

□姫が従者で臣下が姫で
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「ほう…女性に結婚や恋愛を意識させるのが、難しいと申されるか。これは珍しい」
 確かに、珍しい姫なのだ。ブライは先程よりも、もっと深い溜め息を吐いた。
「では、この薬を差し上げましょう。その娘さんにこの薬を振り掛ければ、最も効果的な方法で『恋』に目覚める筈です」
 そうして、老婆は袂から茶色の小瓶を取り出した。それをブライの掌に乗せる。ブライは慌てて突き返そうとした。
「…いや、儂は持ち合わせがなくて…」
 だが、瞳を上げた時には、既にその老婆は影も形もなかったのである。驚いて、ブライはきょろきょろと辺りを探したが、雑多な人の流れがあるだけだ。だが彼の手の中には、茶色の小瓶がしっかりとした質感で存在していたのである。

「うわー、今日は負けたわ」
「…今日も、でしょう姉さん。というより、私姉さんがカジノで勝った所を見た事が無いわ」
 水と油な二人の姉妹が、酒場で言い争いをしていた。黙っていれば二人とも男の視線を釘付けにする事請け合いだと云うのに、喧々囂々な二人の雰囲気には近寄れない様子である。だが、恐れ知らずのライアンは二人に言葉を掛けた。
「しかし、カジノは楽しめましたな。
 ミネア殿も、偶には羽目を外しては如何か?」
 ミネアは溜め息を付いて、タロットカードをかき混ぜた。心を落ち着ける暗示の様なものであろう。そうして、一枚のカードを引く。
「…あら」
 塔のカード。ミネアは一瞬眉を顰めたが、何事もない様に言葉を紡いだ。
「私達、なんだかトラブルに巻き込まれそうですわね。…姉さんのせいかしら」
「な、何言ってんのよ! 何時も私のせいにしないでよ!」
 其処に、緑色の髪が特徴的な若者――アトラスが無愛想に口を挟む。
「マーニャ、お前もしかして2000ゴールド使い切ったのか? …そのピンクのレオタード脱げ、売り飛ばしてきてやる」
「あんた、私を素っ裸にする気!? このスケベ!!」
「ついでにモンバーバラで裸踊りしてこい。それで許してやるから」
 『割と本気です』な気配のアトラスに、マーニャはあははと気の抜けた笑いを返すだけだ。その喧騒の中、ブライがひょっこりと姿を現した。
「おお、こりゃ皆様お揃いで。儂も一杯頂きましょうかな。勿論、マーニャ殿の奢りで」
「ちょっとちょっと、あんた達! 功労者は誰か、判ってんの!?」
「程度ってもんがあるだろ。あ、俺は麦酒ね」
 会計はマーニャ持ちになったのが決定すると、一同は賑やかに乾杯をした。こんな和気藹々とした宴会が開かれるのも、彼等の活躍があるからであろう。
 一段落すると、思い出した様にミネアが口を開いた。
「そう言えば、アリーナさんとクリフトさんがまだですね」
「あ、カジノで会ったわよ。あの子達も、すってんじゃないのかしら」
 マーニャは、矛先が変わる気配にほくそ笑んだ。自分よりも賭事に疎い二人の事だ、すっからかんになってやって来るだろうと思ったのだ。
 だが、30分程後に地下のカジノから現れた二人は、にこやかな笑顔を見せていた。
「はあい、アリーナ! クリフトと二人っきりで何してたの〜? うふふ、お姉さんに色々教えて頂戴」
 ほろ酔いの上機嫌で絡むマーニャに、アリーナは得意げな表情を見せる。
「聞いてみんな! 私、今日カジノの格闘場でスッゴく儲かったのよ!」
 皆、驚いてアリーナを見詰める。クリフトが、上質な黒のドレスを手にしていた。
「姫様は、直感が優れてらっしゃるようですね。それに、魔物の性質を良く知っておられるので、予想もし易いのでしょう」
「きゃ、それスパンコールドレスじゃない! …負けたわ…」
 キラキラと光るスパンコールは、黒い天鵞絨(ビロウド)に良く映える。女性垂涎の美しいドレスだが、カジノの景品であるこれを手に入れるには、かなり稼がねばならなかった。
「ふうん、これをアリーナがねえ…。よしマーニャ、これに免じて裸踊りは免除だ。アリーナに感謝しろよ」
「本当! アリーナ、有難う!! この儘じゃ、私素っ裸にされて放り出されてたわ〜」
「あははっ、マーニャったら大げさなんだから」
 トルネコ以外の全員が揃った所で、皆は改めて宴会を始めたのである。

 夜更けになり、流石に宴会はお開きとなった。各々、宛てがわれた部屋に向かう。
「ブライ様、お疲れ様でした。それと…申し訳ありません」
 クリフトが、同室のブライに頭を下げる。エンドール城での事を言っているのであろうが、ブライにとってはそれは却って好都合であった。
〔ボンモールの王子と姫様を逢わせようと云う事がこやつに知れたら、どう思うであろうかのう…〕
 内心そう思いながら、ブライはコホンと咳を零した。
「まあ、幸いにもこの国の王は寛大であったのでな。しかし次は姫様も挨拶くらいせねばなるまい」
「…そうですね。モニカ姫もお幸せそうな印象でしたし」
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