竜を求めし者達

□友愛(フィリア)と性愛(エロース)の狭間で:後編
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「もう夜になるぞ。お前等もくたびれてるだろうが、今日の所はゆっくり休め。体調崩したりしたら、何にもならねえぞ」
 そう言って、アトラスは彼等を諭す。彼の言う通り、体力も魔力も皆限界に近かった。
「特に…クリフト。脇腹のとこの怪我、まだ酷いだろ。早く手当てを済ませておけ」
「えっ…」
 声を上げたクリフトに、アリーナは振り返って詰め寄る。
「本当!? なんで早く言わないのよ! クリフトは昔っからそうなんだから」
 心配の裏返しで険悪な口調になるアリーナに、アトラスは「やれやれ」と零した。
「アリーナがそんな風に言うから、口に出せないんだろう。ブライとクリフト、奥の二人部屋を使ってくれ」
「そうですか、かたじけない。ほれクリフト、夕食まで部屋で休むぞ」
 杖でクリフトを小突くと、ブライは悠々と歩き始めた。クリフトはアリーナとアトラスの顔を交互に見返したが、軽い会釈をして老魔術師に着いていく。
 二人が扉の向こうに消えたのを確認すると、アリーナは彼に聞いた。
「…バルザックに攻撃された傷が、残ってたの?」
「ああ。ギリギリまで、治癒魔法は俺達優先だからな。いつも自分の事は、後回しなんだろう」
「全く、無茶し過ぎよ! クリフトはいつもそうなんだから」
 自分の事は棚に上げて、アリーナは腕組みをする。アトラスが苦笑いを零すと、階下からマーニャとミネアが彼等を呼んでいた。
「みんな、夕食の時間よ。もう用意が出来てるって、宿の主人が教えてくれたわ」
「ああ、判った。アリーナ、ブライとクリフトを呼んで来てくれ。俺はライアンを連れてくるから」
「トルネコは?」
「さっきパトリシアと一緒だったから、もう食堂に行ってるだろ」
 アリーナは快活に笑った。それを受けて、アトラスも一旦自分達の相部屋に戻っていく。生々しい戦いの痕跡が、漸く薄れてきたと感じていた。

「サントハイム地方の家庭料理がどんなのか、楽しみですよ」
 食堂に向かうと、既にトルネコが葡萄酒を口にしていた。隣では、マーニャも相伴に与(あずか)っている。
「サントハイムの連中にとっちゃ、懐かしい味かもね。いい匂いがするわ、やっぱりくたびれてもお腹は空くもんなのね」
「空きっ腹にアルコールは効くぜ。程ほどにしろよ」
 椅子に腰掛けながらマーニャにそう零すアトラスに、彼女は半眼を見せる。
「食前酒程度よ! ライアンもいける口でしょ、ほら座った座った」
 そう言ってマーニャは、ライアンの武骨な腕を引き寄せる。彼は僅かに動揺しながらも、紳士らしく彼女の申し出を受けた。
 食事が始まっても現れないブライとクリフトに、皆も不審な顔をした。アリーナがちらちらと二階を見やっていたが、やがて杖の音がコツコツと響くのを確認すると、心配そうに声を掛けた。
「ブライ、クリフトの様子はどうなの? やっぱり、酷い怪我だったのかしら」
「いや、大した事はありませんがの。…大事をとって休んでおります」
 その時、黙々と口を動かしていたアトラスが、彼等の方に向き直った。
「…大方、気力も萎えていたんだろ。後で、部屋に夕食を運んでやるか」
「重ね重ね申し訳ない。では、儂も食事にありつくとしましょう」
 故郷の料理に目を細めて、席に着く。温かいスープからは、ベーコンとポテトの優しい香りが広がっていた。
「おや、ラムチョップか。儂の好物じゃわい」
「私達が、今日はサントハイム名物ばかりにして欲しいって頼んだのよ」
 マーニャがミネアの肩を寄せて、ニコニコと手を振った。ミネアは「ちょっと、姉さん」と迷惑そうだが、嫌がる気配を見せてはいない。既にほろ酔いのマーニャに、皆も苦笑いを返すのみだ。
「だって、初めてこっちの地方に来たんだから、自分の知らない料理が食べたいって思うじゃない。私もこのスープ気に入ったわ、お代わりしちゃおうかしら」
 そう言って、バターロールを千切って口の中に放り込んだ。くだけた雰囲気が、皆の――特にアリーナとブライの心に安寧を取り戻させる。マーニャの不器用な気遣いが、アトラスにもじんわりと染み通った。

 ふと目が覚めると、傍らのテーブルには馴染み深い匂いをさせる食事が用意されてあった。クリフトは一度瞬きをして自分の今いる場所を確認すると、緩慢な動きで半身を起こした。
「もう大丈夫かの、クリフト」
 その気配に、同室のブライが見咎める。気色ばんだ訳では無さそうな口調だが、クリフトは反射的に謝罪の言葉を述べていた。
「申し訳ありません、ブライ様。…おかげで、先程より気分も良くなってまいりました」
 そうか、と軽く返して、ブライは髭を扱く。元来丈夫では無い神官には、今日の戦いが相当応えたのだろう。前衛の者とまではいかぬが、治癒能力のある者は皆の守りを任される故に、魔物からの標的にもされ易い。普段からそうした傾向にあるクリフトに、負担が掛かるのは当然の事と思えた。
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