竜を求めし者達

□災禍は深海に潜む
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 クリフトは、海中をゆっくりと漂っていた。触手は、魔物が力尽きた時に外れたが、彼の体力は既に限界であった。
 服は重く、所々破れ目が見える。蒼い髪がゆらゆらと揺れて、仄かに光を帯びていた。
〔姫様、申し訳ありません…。どうか、この愚かな私を許して下さい…〕
 彼は最早、助からないのだと悟っていた。北国の深い海に落ちたのだ、自分でもそれははっきりと判る。誰にも助けられぬだろう、と覚悟を決めていた。
 息も続かなくなり、意識を手放そうとした時。
 力強い腕が、彼の体を引き上げたのである。

 海面に顔を出した二人に、トルネコは急いで救命用の浮き輪を投げた。皆も、アリーナとクリフトに声を掛ける。
「大丈夫か!! 今トルネコが投げた奴に捕まれ!! ライアン、引き上げるのを手伝ってくれ!」
「承知! アリーナ殿、お見事ですぞ! 後は拙者達に任せて下され!」
 アリーナは片腕で浮き輪を引き寄せると、クリフトに掴ませた。殆ど意識を飛ばしていた彼だが、口から大量の海水を吐き出すとうっすらと目を開ける。
「クリフト、しっかり掴まってて! 今、引き上げてくれるから」


 クリフトが無事に救出されたのを確認すると、アリーナ自身は浮き輪に繋がれたロープで器用に船の縁にしがみついた。自分もずぶ濡れだが、それを気にする余裕が無いようにクリフトに駆け寄る。
彼は船室で横になったまま浅い吐息を繰り返していたが、ミネアから応急手当を受けるとやっと落ち着いた表情を取り戻した。
 アリーナの姿を認めると、急いで起き上がり頭を下げる。それを見咎めるミネアに構わず、彼女はクリフトに掴みかかるように問うた。
「どうして、あんな無茶したの! もし助けるのが遅れてたら、溺れて死んだのかもしれないのよ!」
 アリーナの剣幕に、周りも静まりかえる。困惑した表情のクリフトは、唇を硬く噛み締めると俯いて目を伏せた。
「こんなボロボロになってしまうなんて…幾ら私を守る為だといっても、嬉しくもなんともないわ!」
 彼女の目には、怒りよりも悲しみが顕れていた。アリーナ自身、こんな事は望んでいなかった。自分を守ると公言して憚らぬ彼の危険性は、以前から痛い程理解していた。だが自らの無鉄砲な性質が、時としてそれを忘れてしまう。
 結果として、自分が彼の命を危険に晒しているようなものだ、とアリーナは思っていた。彼女の怒りの矛先は、自分自身だったのである。
 暫く無言だったクリフトだが、アリーナの真剣な問い掛けを心に刻むと、ゆっくりと口を開いた。
「……私は、姫様が無事ならばそれで良いのです。もしもあの時、姫様が魔物に襲われていたならば、私は私を許せなかった。…姫様が気にする事ではありません」
「だけど!」
「…それに、姫様」
 まだ反論しようとするアリーナに、彼は何時もの穏やかな笑顔を見せた。
「姫様が、私を助けに来てくれたではありませんか。そのおかげで、私はここに存在できるのです。姫様は仰いましたね、私達を守ると。だから、それで良いのです」
 そう言うや、クリフトは軽く咳き込んだ。ミネアが慌てて彼を支えると、薬草を取り出して調合を始める。その時、丁度甲板から戻ってきたアトラスがアリーナに声を掛けた。
「おい、アリーナも早く着替えてこい! もうすぐスタンシアラに到着するぞ、降りる準備も始めろよ」
「え、…ええ、判ったわ。でも、もうあんな真似はしないでね、クリフト!」
 そう残して、アリーナはパタパタと船室を後にした。アトラスはミネアに目配せすると、ため息を吐いてクリフトを見返す。
「まあ何にせよ、無事で何よりだ。皆心配してたぞ、取り敢えず上陸したら馬車で休んでおけよ」
「そうですよ、クリフトさん。貴方は、もっと自分の体を大切にしないといけません。貴方自身、気付いてはおられないようですが…貴方は危なっかしいのです」
 ミネアにも念を押され、クリフトは幽かに苦笑いを溢した。

 甲板からは、目的の土地が見えてきた。浅瀬が広がるこの島は、寒冷地らしい冷たい風を孕んでいる。
「おおい、もうすぐ到着するぞお! 横波に気を付けろよ!」
 船員達が慌ただしく準備を始める。アトラス達も、今から行く初めての場所に思いを馳せ、未だ遠くに光るスタンシアラの城を見詰めていた。
 そして、アリーナは。
 自分より強いとは言い難い青年に対し、何処か敵わないものを感じていたのである。
 だが、それは不思議と心地好いものであったのだが。



《完》

 
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