TOX-B

□一緒に強くなろう。
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『一緒に強くなろう。』










 行く先々で出会う人から依頼を受け始めた当初はミラの剣の稽古と、アルヴィンへの報酬を支払うのが目的だったが、それも今やただの人助けとなりつつある。依頼人が本当に困っている様子であれば金品を受け取らないこともしばしばだった。

 ただそういう時に限って魔物退治も難易度の高いものである事が多いのは当然と言えば当然のことで、今日もまた一段と手強い魔物との戦いを余儀なくされていた。

「ジュード!」

「うん、任せて!!」

 ミラが彼女にしか成し得ない速さで術を唱え、風の槍を放つ。ジュードはそれに合わせて拳を力いっぱい振り上げ、衝撃波を与えた。


「絶風刃!」
「絶風刃!」


 絶妙なタイミングで交わった二つの力は風の刃と化し、瞬間敵を貫く―――ミラとの共鳴術技で鮮やかに対峙していた魔物を撃破して、すぐに後方を振り返る。予想以上に魔物の数が多く乱戦となってしまい、他の仲間達から少し離されてしまっていた。

「! レイア……!」

 巨大な魔物にも臆することなく立ち向かうレイアの姿。その背後から別の魔物が襲い掛かろうとしているのに気が付いて咄嗟に「危ない」と叫ぼうとしたが、それよりも早く誰かの大きな体がまっすぐにレイアの元へ飛び込んでいった。


 アルヴィンだ。


「伏せろ、レイア!!」

「! きゃッ……あ、アルヴィン!?」

「バカ、後ろにも気を付けろ! 頭から食われるとこだったぞッ!!」

 たった一発の銃撃で見事に魔物の急所を撃ち抜いて倒したアルヴィンが叱り付けるように大きな声で言うと、レイアの背筋がしゃきっと伸びる。

「は、はい! すみませんでしたっ」

「よし、わかったならいい。行くぞ!」

「……うん。よろしく、アルヴィン君!!」

 大剣を軽々と肩に担ぎ上げたアルヴィンが隣に並ぶと、レイアも棍を構え直し力強く頷いた。二人の気持ちをリリアルオーブが確かと繋ぎ、その輝きをより美しくする。これ以上は無い、本物の輝きだった。


「助けに行かなくていいのか? ジュード」

 レイアとアルヴィンの背中をただ黙って見守っていたジュードに、ミラが声を掛けてくる。彼女もまた、協力して戦う二人の姿を眺めながらどことなく満足げな笑みを湛えていた。

「……うん、大丈夫。僕達はローエンとエリーゼの所へ加勢に行こう!」

「ああ。ではそうしようか」

 ミラと共に踵を返して走り出した直後に魔物の巨躯が倒れるどうっという音がして僅かに地面が揺れ、レイアが次で止めだよと高らかに宣言する声が聞こえた。



 何も心配はいらない。ジュードは振り返らなかった。










   ***










 なんとか依頼を完了させて町に戻った夜、報酬額こそほぼ無いに等しかったものの、宿屋の女将―――この人こそ今回の依頼人だ。彼女の計らいにより、遅い時間であったにもかかわらず温かな料理にありつく事ができた。

 言わずもがな一番喜んだのはミラで、そのあまりの食べっぷりに皆が彼女の明日の腹具合を心配した。まあいつも食べ終わってすぐに「小腹が空いたぞ」、「食事はまだか」と訴えるくらいだから大丈夫なのだろうけれど。



 客室とは別に設けられていた風呂場でシャワーを浴びてからジュードが部屋に戻ると、アルヴィンは既にベッドで横になっていた。ローエンは、目が冴えて寝付けないのだというレイアとエリーゼの為に真夜中のお茶会―――ローエンはいつも、どこからともなく最高級の茶葉を出してきて、豊かな香りで疲れた心を癒してくれるフルーツティーや、寝る前のひと時にぴったりのハーブティーなど、その時の状況に応じて様々な茶を淹れてくれる。それらを振る舞いに行くと言って出て行ったは知っているが、レイア達のお喋りに付き合わされているのかまだ戻ってきていないようだ。

 ベッドの傍らにある椅子の背もたれにアルヴィンの上着とスカーフが無造作に引っ掛けられているのを目に留めてすかさずハンガーを持って来ると、まだ眠ってはいなかったらしいアルヴィンがそれを見て溜め息をついた。

「ちょっと優等生、まず自分の髪乾かしたらどーよ?」

「あ、ごめん。濡れないように気を付けるから」

「そうじゃなくて……」

 お気に入りの上着やスカーフを濡らすなということだと思ったのだが、どうやら違ったらしい。

 どことなく困った様子でもう一度息をついたアルヴィンに、上着とスカーフをまとめて丁寧にハンガーへ掛け終えたジュードはどういう意味かと尋ねようとしたが、不意に伸びてきた彼の腕に思い切り体を引き寄せられて声がひっくり返った。

「俺のことより、まずは自分のことをやりなさいって言ってんの〜」

「いたっ……痛い! ちょ、アルヴィン!!」

 視界がぐるりと回ったかと思うと何かに覆われて真っ白になり、そのままアルヴィンに背中から押し掛かられる。どうやら自分の体はベッドに受け止められているようで、それは痛くなかったのだが、大きな手で髪をかき混ぜるようにして拭かれるのが痛かった。

 しばらくしてようやく視界を覆っていた何か―――白いバスタオルがどけられたときには、ジュードの髪は色んな方向へと跳ね回っていた。

「もう……意地悪しないでよ」

「何を言うかね、ジュード君。これは親切だよ」

 いかにも誇らしげな声音を作って言い、アルヴィンはジュードの髪を撫でつける。今度はとても優しい手付きだった。

「さっさと寝な。でないと、大きくなれないぞ?」

「気にしてるんだから言わないでくれないかな……」

「なに、もう伸び悩んでんのか。大丈夫、ちっこい方が可愛いぞ?」

「アルヴィン……」

「ははっ、冗談だよ。成長期なんてまだまだこれからでしょ、青少年は。今からそれに備える意味でも早く寝ろ……ま、ローエンもまだ戻って来てないし、明日は昼前までみんな起きないだろうけどさ」

 でも俺は疲れたしもう寝るぞと、再びベッドに横になったアルヴィンはごろりと寝返りを打ってジュードに背を向ける。

 ジュードはやれやれと思いながら起き上がり、ベッドの脇に植えられた発光草へ水を送っている装置を停止させた。やがて光が弱まって行き、部屋の中が薄暗くなる。ベッドの端に腰掛けていつもは見上げてばかりいるアルヴィンの頭にそっと触れると、人の事を言う割に彼の髪はちゃんと乾いてなどおらず、僅かに湿っていた。

「ねぇ、アルヴィン。無理してない?」

「ん? ……何、突然」

「突然じゃないよ。最近ずっと思ってた」

「無理なんかしてないですよー……レイアはどうか知らないけどな」

「またそういう言い方する……」

 確かに二人はまだ少しぎこちない部分もあるにはあるが、レイアが元気に笑い掛けるのも、アルヴィンがちょっと嬉しそうに微笑み返すのも、もうごく自然な光景だ。

「そうじゃなくて、なんか妙に張り切ってて疲れないかってこと」


 一度は『ミラ』という道標を失い、ジュードもアルヴィンもひどく憔悴し殺伐とした雰囲気にもなったが、絶対に諦めなかったレイアが目を覚まさせてくれた。そしてガイアスとの決戦を前にようやく一致団結……と言うより、全員が確と自分自身の考えを持った。それまで迷っていたアルヴィンもジュード達と共に進むことを強く望み、それを皆が受け入れた。

 ただそれからのアルヴィンの変わり様は著しく、特に色々と因縁のあるレイアと、どういう訳だか急に兄妹のように仲良くなったエリーゼのこともよく気に掛けるようになり、それはもう熱心に支えてやる、抱えてやる、庇ってやる、遊んでやる――…そうして夜にはくたくたという訳だ。気持ちは分かるが少々見るに堪えない。

 稀代の『嘘吐き』『裏切りキャラ』であるアルヴィンだが、元々人の心の機微には敏感で、気の使い方は上手だ。それ以上となると疲れるに決まっている。

 何故かこれだけはわかっていないのだ。必死にしがみついたりなどせずとも皆がその手を強く握り返してくれていることに、気が付いていないのだ。


「ゆっくりでいいんだよ?」

「……おいおい、ゆっくりしてる暇なんかあんの?」

「うーん……あんまりないかもしれないけど」

「だろ?」

「でも今更誰もアルヴィンを置いて行こうなんて言ったりしないよ。だから焦らないで、ちゃんと僕達に付いて来てほしいんだ……どうせこの先はみんなでじゃないと乗り越えられないって思ってる。ミラも同じじゃないかな」

「…………」

 アルヴィンは返事をしてくれなかったが、理解できない訳じゃないだろうと、ジュードは気にせずに彼の頭を一度だけ撫でて立ち上がった。

「ごめんね、疲れてるのに邪魔しちゃった。おやすみ……また明日」










 ジュードが自分に宛てがわれたベッドに潜り込んでうとうとし始めた頃、「目が冴えちまったじゃねぇか、優等生。」と、それこそ迷惑な因縁を付けてきたアルヴィンが突然枕を投げつけてきて、無視すればよかったのについやり返してしまったジュードも結局眠れなくなってしまい、仲良くローエン達のお茶会に加えてもらうことになった。

 少しくらい笑い声を立てても全然気にならないようで、ミラは部屋の端にあるベッドの上で毛布にくるまってすやすやと実に幸せそうな寝息を立てていた。


 彼女が守ってくれている、静かでちょっと楽しい長い夜。


 そんな気がした。















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2011/10/22

みんな仲良し。
アルヴィンはいっぱい愛されて、次に愛したらいい…!

ミラは精霊界から戻ってきた後も腹が減ったぞ!ってよく言いますよね。
一度目覚めたら必要なくてもやめられなくなったんだろうな…笑
眠るのも好きそう。


ジュードは可愛いけど、「僕に付いて来い!」な感じも良いと思います。←
戦闘中とかに「さあ行くよ!」って言ってくれたらすごく元気出る^^



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