TOX-B

□恋愛とはなにか
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 アルヴィンへ。



 手紙ありがとう。この間まで源霊匣の論文を書くのに忙しくて、なかなか返事を書けなかった。ごめん。

 今はそれの発表も終わって、少し落ち着いてるよ。


 アルヴィンの仕事はどう?

 なんだか色々頑張ってるのはわかったけど、「忙しい」とか、そういう事は書いてなかったから。ユルゲンスさんや、ガイアスだって協力してくれてるんだから、アルヴィンがひとりで無茶するようなことはしないでよね。


 あとバランさんとは会ってる?

 僕は源霊匣のことでたまに顔を合わせて話し合ったりもするんだけど、「アルフレドはちっとも顔見せに来ない」ってちょっと拗ねてるみたいだった。


 そういえば僕ともしばらく会ってないね。今度イル・ファンに来る事があれば寄ってもらえると嬉しいな。



 それじゃあ、また次の手紙で。


 ジュード・マティス。










 レイア曰わく「丸っこくてキモい!」ジュードの字を眺めながら、アルヴィンは溜め息をついた。

 誰かに必要とされることで自分を形作ろうとするような、そんな脆さは今のジュードからはまったく感じないが、やはり優しさというのは変わらないもので、手紙の半分以上はこちらを気遣う言葉で埋められていた。アルヴィンに対してどことなく親のような物言いをするところがミラを彷彿とさせる。大人が子供に子供扱いされるとは情けない……でもそれが今では心地よかった。


 この手紙を受け取ってから既に二旬が過ぎていたが、未だに返事は出せないままだ。

 仕事もまあまあ順調だし、何も不味いことなどないのだが、アルヴィンはひとつ大きな悩みを抱えていた。

 先日カラハ・シャールに立ち寄った際にエリーゼに会いに行ったのだが、そこで彼女から衝撃的なことを聞かされたのだ。


『ジュードに彼女ができたみたいなんです……!』


 なんてこった。ジュードのことだからアルヴィンみたいな嘘つきのバホに騙されているのではないかと―――今思えばジュードにもアルヴィンにも大変失礼な話である―――、あくまで友達として心配するエリーゼに対して本当になんてこったなのはアルヴィンの方だった。

 自分がショックを受けるのは物凄く変な話なのだが、とにかく焦った。

 そりゃジュードに彼女ができるのはおかしい事ではない。文武両道で、家事もそつなくこなし、優しいけれど優柔不断という訳でもなくやるときはやる性格。おまけに年の近い女の子達が好みそうな、あの容姿だ。今やモテモテではあるまいか。

 ジュードの隣に、少し控え目だけれど飽きもせずに研究の成果などを話し合えたり、自身のことは疎かにしがちな彼のほんの僅かな変調に気付いてやれる少女を想像する。羨ましい。


 アルヴィン君は賢い子だった。そこで気が付いた。


 誰が羨ましいって、そのジュードの彼女(仮)が羨ましかった。

 ……いや、いやいやいや。大丈夫か、自分。



 そんな自覚の仕方をしてからジュードに会に行くどころか手紙すら書けないままなのだ。思えば自分もそれなりに忙しい合間を縫ってよくまあマメに手紙を書いていたなと今になって思う。

 もちろん他の皆とも交流は絶えずある。ただやはりジュードとのやり取り程頻繁ではない。それはジュードの方からも小まめに返信をくれるからというのも勿論あるのだが、何か良いことがあるとすかさず彼に宛てて手紙を認めていたのは自分だ。


「あれ? あんた確か……」


 ぼんやりしていると、子連れの男に声を掛けられた。どこかで見た覚えのある顔だ。

「やっぱり。ジュード先生なら今日は研究所にはいないよ。病院の方だ」

 ……ああ、思い出した。鎧を身に付けていないので印象が大分違うが、彼はエデだ。何故ここにエデがいるのか―――いや、エデがここにいるのは至って普通のこと。そう、実はアルヴィンは今イル・ファンまで来ていた。だがジュードに会うべきか、会わざるべきかをどこの恋する乙女かと自分で突っ込みを入れたくなる程長い時間悩んでいる。

 以前エデのことを殴り飛ばしたときのことを思い出してアルヴィンはちょっと気まずかったが、相手の方から親切心で声を掛けてきてくれたようだったので自分も気にしないようにした。

「病院って……あいつ診察もしてんのか?」

「ああ、実習生の頃から診てる患者さんは放っておけないってね。ハウス先生が……その、あんなことになって、余計に気になってるのかもしれないな」

 エデは自分も未だジュードに腰痛を診てもらっているひとりだと言って笑うと、妻を待たせているからと立ち去っていった。


 霊勢の影響を受けなくなったイル・ファンには朝と夜がきちんと交互に訪れる。
 茜色に染まり始めた空を見上げたとき、ちょうど五の鐘が鳴った。










 皆と共にありたい、皆と共に進みたいと、アルヴィンが我武者羅になっていた頃の事。怪我をしたのを隠していたことがばれて、ジュードに叱られたことがあった。


『放っておいて化膿したら、治療だってもっと大変なんだから。どうしてそんな変な嘘つくのかな? アルヴィン君は』


 まあ叱ると言ってもジュードのそれはちょこっと嫌味を言う程度で、さっさと適切な処置をして薬まで用意してくれた。


『アルヴィン』


 少年らしい、甘やかな声で呼び掛けられるのが好きだった。


『僕、まだ頼り無いかもしれないけど……アルヴィンのこと―――みんなのこと、守れるようになるからね』


 ミラは正に『強固』という印象だったが、ジュードは少し違う。『強靭』という言葉がぴったりのような気がした。しなやかに、どこまでも真っ直ぐに伸びていくといった感じだ。


『そのために、今戦うよ』


 アルヴィンが怪我を隠していたのは自分にまだ頼り甲斐がないせいだと結論付けて、それでもジュードは落ち込んだりなどせず、更にその先を見つめていた。そこにアルヴィンもいることが当然のように、大人になることを約束してくれた。



 彼の笑顔が好きだった。



 時に寒さを凌ぐために同じ寝床に潜り込むこともあった。その温もり。


 読書に耽っているときの真剣な眼差し。


 考え込みながらこめかみのあたりを掻く仕草。


 先陣を切って敵に挑む背中。


 治療する際に優しく触れてくる手。



 全部好きだった―――いや、好きだ。


 ジュードが好きだ。










   ***










 誰かに呼ばれた気がしてはっと目が覚めたが、起きてあたりを見回してみても自分以外に部屋には誰もいなかった。

 夢を見ていた。それもやたらとジュードが出てきて愛嬌を振り撒いてくれる幸せすぎて逆に辛いものばかり。


 ところでここは一体どこだろうか……あろうことか、記憶がない。ジュードに会うか会わないかで散々悩んだ末に夜になってしまい、仕方なくホテル・ハイファンに併設されているバーでひとり酒を呷りながら更に悩んだところまでは覚えている。

 その後どうした?

 今は見慣れぬ部屋のベッドの上。まさか酔った勢いでその場にいた女の子でもお持ち帰りしたのではあるまいか―――いや、それにしては簡素な部屋だ。机にとどまらず椅子の上にまで見るからに難しそうな分厚い本が山積みだし、紙とインクの匂いがしている。

 そして自分の上着とスカーフが窓辺にきっちりと掛けられているのを見て、アルヴィンは確信した。

 間違いない。自分は酔った勢いでジュードを訪ねたのだ。


 最悪だ。アルヴィン、これがお前の望んでいたジュードとの再会の仕方か。

 いや、違う。全然違う。違いすぎる!


「あ、もう起きてたんだ」

「!? ジュード……!」

 不意に部屋の扉が開いて、白衣姿のジュードがひょっこりと現れた。アルヴィンの様子を窺いに来たようだったが、起きているのを見るとそのまま部屋へと入ってくる。

「お、おはよ……」

「おはよう、アルヴィン。声ひどいよ、大丈夫??」

 昨夜酒を飲み過ぎたのと、寝起きということもあってガラガラな声のアルヴィンに苦笑しつつ、ジュードは窓を開け放った。思っていたよりも風が強かったのか、机上にあった書類が舞い上がる。

「うわっ、ちゃんと順番に並べてあったのに―――……そうだ、アルヴィン。朝ご飯どこかに食べに行かない?」

 ジュードは慌てて書類を追いかけ、拾い集めながら言った。

「お、おー……あ、いや、その、悪かったな。俺、昨日どうやってここまで来たんだ?」

 ジュードが一生懸命平静を装うとしている気がして、何だかとてつもなく嫌な予感がすると思いながらもアルヴィンは思い切って尋ねてみた。

 するとジュードの手がぴたりと止まる。でもそれは一瞬で、書類を全て集め終えて手早く束ねると、机の引き出しにやや乱暴に突っ込んだ。

「ふーん……覚えてないんだ?」


 え、その反応は何ですかジュードくん。


 横目でじろりと睨まれてしまい、アルヴィンは戸惑った。

「え、ええっと……俺、何か言った?」

「……別に。」


 じゃあ質問を変えてみようかな。


「……何か、した??」


「! ッ〜〜〜…別に!!」


 途端に顔を真っ赤にして声を荒らげたジュードは「もう知らない!!」なんて女の子みたいな捨て台詞を残して部屋を飛び出していった。


 何かしてしまったらしい。


 何だろう。さすがに致してはいない……と、思う。けれどあの反応からして明らかに自分のジュードへの好意はばれている。ばれるようなことをしてしまったのだ。

 いや、それよりも不味いのはジュードに今彼女がいるという話の方だ。若い二人の幸せな関係―――あくまで想像だが、それ突いて壊してまでどうこうだなんて考え自分にはなかった……はずなのだが、どうしたものか。今更「酔っ払いの戯言です。すみませんでした」と頭を下げてジュードが無かったことにしてくれるレベルの話なのかどうかだ。



 やっぱり自分はどこまでいっても最低最悪な人間である。

 アルヴィンは文字通り頭を抱えるしかなかった。















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2011/10/26

アルヴィンがジュードを好きすぎて悶々としているのが大好きです。


とりえずこれはこれで終わり。ジュード視点はまた後日…。笑

わたしが思い描いているアルジュはいつもこんな感じです。
ED後なんて特にアル→→(重たすぎるくらいの愛)→←ジュ(ぇぇぇ)



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