TOX-B

□それは非常に恥ずかしいものである。
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 酒と煙草の臭いにまみれたまま意中の人を追いかけるような、そんなみっともない真似はできない。勝手で申し訳ないがまずは浴室を借りてシャワー浴びる。すっきりした体に清潔なシャツを着て―――ジュードは荷物も忘れずに運び入れておいてくれたようだ―――、こだわりの髪型もいつもの倍以上の時間を掛けてばっちり整える。イル・ファンへ来る前に新調しておいたスカーフを殊更お洒落に首元に巻きつけ、朝の清浄な空気にしっかりと洗われた上着を格好良く羽織った。

「……よし」

 完璧だ。


 できる男アルヴィン、よろしく!



 アルヴィンは身を翻し、颯爽と町へ繰り出した。















「遅い。」


「すみません……」


 タリム医学校の生徒からジュードを海停で見たという情報を仕入れて急いで向かったものの、待ち惚けを食らわされたジュードは静かに怒っていた。彼が怒鳴り散らす姿など想像し難いが、透き通るような琥珀色の瞳にじっと見つめられることが以前からちょっと苦手だったアルヴィンにとっては怒鳴り付けられるよりきつい。

「……いいよ、もう。それより、ちょっと遅くなっちゃったけど朝ご飯食べに行こっか。アルヴィン、昨日からろくに飲み食いしてないんでしょ? 体に悪いよ」

 仕方ないなと言って微笑むジュードがまばゆ過ぎて、アルヴィンは目を眇める。

 なんという神々しさだ。まったく歯が立ちそうにない。月とブウサギ、かつてのリーゼ・マクシアとエレンピオスくらいの差がある。

「そこの店のパンケーキが美味しいんだ。それでいい?」

「ああ」

 早くも挫けそうになったが、ジュードの方から寄り添ってくれているのに何て弱気なことを考えているのだと自分を叱咤激励して、返事をするとそのあとをついて行った。

 朝食にしては遅い時間。でも昼食にはまだ早い時間ということもあり、海停の片隅にあるこぢんまりとしたレストランは客もまばらで静かだった。

「おや? 今朝は随分とゆっくりだね、ジュード先生」

 店内へ入ると、主人らしき男性がジュードに気付き、笑顔で挨拶してくる。

「おはようございます。ケガのお加減はいかがですか?」

「ははは。それこの前も聞きましたよ、先生。もうすっかり良くなりましたってば」

「あれ、そうでしたっけ……あ、パンケーキをふたつお願いします」

「はいよ」

 どうやらジュードは『ジュード先生』という愛称でイル・ファンの皆から親しまれているようで、レストランの主人だけでなく、数人の客からも同じように挨拶されていた。

 窓際の円いテーブルを選んで座ったジュードの向かい側に自分も落ち着き、とりあえずウェイターが運んで来た冷たい水を渇いた喉に一気に流し込んだ。

 ジュードの方を見やると、窓から臨める海を―――いや、もっともっと遠い所を眺めているようだった。ふと彼の顎の下あたりから首筋にかけて引っかき傷のような痕が残っていることに気付き、目を凝らす。

「ジュード」

「ん?」

「それどうした。首のとこ、赤くなってるぞ」

 自分の首を指差しながら言うと、ジュードは少し間考えてから思い出した様子で小さく「ああ」と呟いた。


「誰にやられたんだったかなあ? コレ。」


「…………」


 話の取っ掛かりにするつもりが、いきなり地雷を踏んでしまったらしい。

「お、俺、お前に何した!?」

 もう体裁を取り繕うのは限界だった。ジュードは何故そんなに落ち着き払っていられるのかを教えてもらいたい。

「本当に覚えてないんだね……アルヴィン昨日の夜―――」

「あ、いや! ちょっと待て。ちょっとだけ待ってくれ!」

 何の躊躇いもなく詳細を話し出そうとするジュードを慌てて制止する。そのあまりに男らしくない態度に呆れ返った様子のジュードだったが、ちょうど二人分のパンケーキが運ばれてきて、まずは焼き立てのそれを優先した。これでもかというくらいたっぷりと蜂蜜を掛けて食べるのがジュードスタイルらしい。

 しばらくの間、互いにただ黙々と朝食を続けた。ジュードの言う通りパンケーキは美味いが、正直アルヴィンはそれどころではない。たったひと切れのパンケーキを嫌というほど咀嚼しても飲み込むのが苦しい。

 そんなアルヴィンを尻目にさっさとパンケーキを半分程平らげたジュードは、テーブルナプキンを手に取ると口元を拭いながら言った。

「もう話していい?」

 全然良くなかったが、今更聞きたくないなどと阿呆なことを言えば掌底のひとつも叩き込まれそうな雰囲気は最早危うく、殊勝に頷くだけにした。

「……昨日の夜中に突然ホテルの人が僕を訪ねて寮まで来たんだ。話を聞いてすぐにホテルまで行ってみたらアルヴィンすごく酔っ払ってて、それでもなんとか連れて帰ったんだよ。そしたら―――」

 ここにおいてジュードがまごついた。頬がわずかに赤くなる。

「アルヴィン、僕のことす、好きだって言い出して、それで……押し倒した上にキスまでしてきてそのまま寝ちゃったんだよっ」

 最後の方はやけくそ気味になって物凄い早口で言い切ると、ジュードはふんと鼻から小さく息を出した。

「な、な……俺、そんなことお前、に……」

 告白して、押し倒して、キス……だと? 何ということだ。もう二度とジュードとキスなどできないだろうに、どうしてそんな最重要シーンの記憶が欠如しているんだ俺―――あ、いや、そうじゃない。落ち着け、アルフレド。

 今のジュードの話から察するに、彼の首に残っている引っ掻き傷は泥酔した自分を運んでくれたときか、自分が襲い掛かったときにつけたものということになる。

「悪い……」

「ホントにね。」

「…………」

 かつてない冷ややかなジュードの口調に、180センチ超の大きな体で小さく小さく縮こまって、アルヴィンは頭を下げた。今は謝る以外に何も思い付かない。それに何より言い訳をしたくなかった。

「……ねえ、アルヴィン」

「はい」

「何、『はい』って。変なの」

 ジュードがおかしそうにくすくすと笑う。こんな自分にまだそんな穏やかな声を聞かせてくれることに、胸が色んな意味で痛くなる。壊れてしまいそうだ。

「僕のこと好きっていうのはさ……誰かと間違ってたんじゃ、ないんだよね?」

 ジュードが首を傾げると、なかなか切る暇がないのか少し伸びっ放しになっている艶やかな黒髪がさらりと流れる。幾度か触れたことがあるその柔らかな感触を思い出しながら、アルヴィンは迷いを吹っ切ろうと無理矢理笑った。


「ああ。お前のことが好きだよ、ジュード」


「…………」


「―――なんて、言われても困るんだよな? そういや彼女できたんだって?? 今度俺にも会わせてくれよな」

 これまでの調子ですぐさま突っ込まれるかと思いきや、ジュードが俯いて黙り込んでしまったので慌てて軽口をたたいてお茶を濁す。

「あぁ〜……いや、その……確かに酔ってはいたけど、ふざけてたとか、誰かと間違ったとかじゃないんだ。本当に、お前のこと……でも、な? ご都合主義だってのはわかってるが、忘れてくれ。お前だって彼女と―――」


「いないよ。」


 不意にジュードがすっと顔を上げて、アルヴィンの言葉を遮った。


「え……」

「エリーゼから聞いたんでしょ? アルヴィン、昨日もそんな事言ってたから……彼女なんていないよ、僕。前にエリーゼがイル・ファンまで遊びに来てくれた事があったんだけど、その時に源霊匣の研究チームの仲間がふざけて、僕と後輩のことを怪しいみたいに言ったんだよ。後輩もノリのいい子だから……エリーゼ、真に受けちゃったんじゃんじゃないかな??」

 冷静なジュードに淡々と説明されて、アルヴィンは脱力する。ジュードの同僚が発した冗談から始まり、回り回ってこのような騒動にまで発展したというのか。あんまりだ。

 しかし自分がジュードにしたことは、経緯や彼女がどうあっても最低なことに違いはない。

 もう終わりだ。

「そっ、か……でもな、忘れるに越したことないだろ」

「どうしてそうなの? ……どうして、アルヴィンは始まってもないことを終わらせちゃうの。僕の話、ちゃんと聞いて。こっち見てよ」

 強い口調に促されてそちらを見据えると、ジュードはアルヴィンが大好きで堪らない笑顔を浮かべて見せる。彼は一度深呼吸をして、テーブルの上でフォークを握り締めたままのアルヴィンの手に、手を重ねて言った。



「僕と付き合って下さい。」


「…………」


「……僕と付き合って下さい!」


「……はい。」


「だから何、その『はい』って」










 それが、恋愛の始まり。















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2011/10/30

ジュードくんはいつでもアルヴィンさんを軽々と越えていくといい。
そんなアルジュが堪らない。(…)


恋(片思い)から恋愛になるまでを書いてみたかったので、一応シリーズ完結。
あとはいちゃいちゃラブラブです。きっと。

いつも自分が満足してるだけですみません…笑


『恋愛とは何か。私は言う。それは非常に恥ずかしいものである。』
某方の格言です。



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