TOX-B

□拍手ログ02
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 次の休みに一緒に出掛けないかと言い出したのはアルヴィンだった。平日は毎日学校で顔を合わせているし、たまには共に下校できることもあるので、いつも「また明日」もしくは「また来週」と言って別れるばかりで、休日にまで会う約束をしたことはなかった。

 ジュードとて、もっとゆっくり一緒の時間を過ごしたいと思わなかった訳ではない。しかしアルヴィンとは表向き教師と生徒という間柄である以上、ジュードはなんとなく彼と必要以上の接触を求めてはいけないような気がしていた。もちろんその心配をアルヴィンにもきちんと伝えてみたのだが、彼は「ぱっと見じゃセンセーってわかんないようにしていくからさ、大じょーぶ。」と、いつもの軽い口調で言って笑うだけだった。

 本当に大丈夫なのか……?


「ジュード」


 待ち合わせ場所でひとりそわそわしながら待っていると、時間ぴったりにやって来たアルヴィンに声を掛けられた。

「あ、アルヴィ―――えっ……」

「? ……どうした??」

 自分よりも頭ひとつ分以上背の高いアルヴィンを見上げて、ジュードは一切言葉を発することができずにそのまま固まってしまった。

(あ、あれ……アルヴィンって、こんなにカッコよかったっ……け? あ、いや、カッコイイんだけどさ、こんな……)

 いつもは適当に撫でつけているだけの髪を、今日は前髪だけ少し残してあとはすべて後ろに流している。今まで穴を開けていることにすら気が付かなかったが、露わになった耳にはシルバーのピアスがいくつか光っていた。

「おーい、ジュードくーん?」

「! あ……ああ、ごめん。なんか、そうしてると随分印象が違うなと思って……」

「ふーん、なるほど。惚れ直してましたってコト?」

 クラシカルなデザインの色眼鏡を外してシャツの胸元に引っ掛けながら、アルヴィンがウインクする。

 ジュードはびっくりして自分の顔の前で両手をぶんぶんと振った。

「ち、違うよ!」

「そうなの? 残念。ジュードくんはー……いつも通りだな」

 ブラウスにニットベスト、デニムパンツという学校にいるときと然程変わらないジュードのスタイルを見て、アルヴィンは「かわいい、かわいい」と言って笑う。

 確かにもうちょっとオシャレして来た方がよかったのかな……? なんて、まるで女の子みたいな事を考えている自分に、ジュードは急に恥ずかしくなった。

「さーて、と……まずはどこ行きたい? 参考書見に本屋へ行こうとか言うなよ、優等生」

「わかってるよ。せっかくアルヴィンと過ごすんだから、一緒に楽しみたいしね」

「……俺がジュードくんに惚れ直した!!」

「ちょ、やめてよ。目立つ!」

 肩に逞しい腕を回されると何だかいつも以上に意識してしまい、慌てて払い除ける。しかしアルヴィンはめげるどころかますます調子に乗って、結局ジュードの手を引いて歩き出した。










   ***










「ジュードくん、俺はこれを強くおすすめする!」

「イヤだよ。何考えてるの……」

 雑貨屋で見つけた、フリルがたっぷりとあしらわれた純白のエプロン―――これはもう料理をする気があるとは到底思えない。それを自分の胸元に宛がってくるアルヴィンにため息をつき、ジュードは選んでいる最中だったランチボックスへと視線を戻す。

「んー……じゃあこっちは?」

「戻してきなさい。」

 今度はハロウィングッズのコーナーから持って来たのであろう黒いねこみみがついたカチューシャを後ろから頭に装着され、間髪を容れずに叱りつけた。こんなに落ち着きのない人間だっただろうか、アルヴィンという男は。

 もしかしてはしゃいでるのかなと考えるとちょっと可愛いし、自分と過ごす時間を楽しんでくれているというのは何よりも嬉しいことなのだが、エプロンにねこみみはいただけない。というか、薄らと身の危険を感じるのは何故だろう―――。


「ジュード?」


 その時、傍らから誰かに声を掛けられた。はっとそちらを振り返ってみると、柔らかそうな髪を綺麗にツインテールにした女の子がジュードのことをその大きな瞳でじっと見つめていた。

「エリーゼ……!?」

「何ですか? それ……ねこ?? かわいいですね」

 ねこみみを付けたままのジュードを見て、エリーゼはくすくすと可愛らしく笑う。彼女は今ジュードが通っている学園の初等部の六年生で、お互いが初等部だった頃に知り合って以来ずっと兄妹のように親しくしている子だ。

 慌ててねこみみを頭から外しながら「まずい!」と思いちらとアルヴィンの方を確認してみると、こういう時だけはやたらと行動が素早い彼は既にジュードのそばを離れており、サングラスを掛け、何食わぬ顔で余所の陳列棚を眺めている。

「あの人……ジュードのお友達、ですか……?」

「え、ああ、うん。そう」

 エリーゼがその姿をまじまじと見ている間、ジュードはどきどきして堪らなかった。親戚のお兄さんとか、もう少し違う回答をした方が良かったのではないか。何せ今のアルヴィンの格好はぱっと見で『アルヴィン先生』だとは分からないが、『優等生ジュードのお友達』にしては少々派手だ。疑われてよくよく見られてしまえば、アルヴィンの顔を知っているエリーゼにはすぐにばれてしまう。

「……かっこいい人ですね」

「あ、ははは……そう、でしょ?」

 あれがいつも「嘘つき。」「風紀が乱れてます。」「バホ。」「私の友達に馴れ馴れしく触らないで下さい。」と、彼女が嫌って散々に貶(けな)しているアルヴィン先生なのだと知ったら、一体どんな顔をするだろう。興味があってもまさか言うことはできずに、ジュードは苦笑するしかない。

「あ、私もう行かないと……友達とお買い物してる途中なんです」

「そうだったんだ?」

「え、えっと、ジュード……今度は私とも一緒にお買い物、して下さいね?」

「もちろん。楽しみにしておくね」

 ジュードが快く返事をすると、エリーゼはとても嬉しそうに笑った。

「はい! じゃあ、また学校で」

「うん、気を付けてね」

 店の外へと駆けて行くエリーゼの後ろ姿を手を振りつつ見送くってほっとしていると、またいつの間にかそばへと戻って来ていたアルヴィンに後ろから抱き寄せられた。

「あーあ、何も俺と一緒のときに女とデートの約束しなくてもいいじゃない」

「デートって……エリーゼはそんなんじゃないよ」

「そう? エリーゼ姫はあと五年もしたらバリボーなボディの良い女になると思うけどねぇ―――…それよりさ、ジュードくん。ねこみみが嫌ならコレはどうよ?」

「……アルヴィンは僕に何させたいの?」

「あら、それ聞いちゃう? 聞いちゃうの?? やだなー、俺恥ずかしくて言えないなー」

「…………」

 ジュードは手に持たされた、ふかふかの白いうさみみカチューシャを見つめながら悩んだ。


 一度……一度だけ、着けて見せれば満足するのか。それともそうやって妥協してしまうと調子に乗ってまた着けさせようとしてくるのか。アルヴィンは一体どっちなのだろう、と。



 ていうか、着けて何するつもりなんだろう?















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2011/10/31
2012/05/04 加筆修正





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