ハナズオウ
□僕の就職先
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彼、トム・リドルの就職先はボージン・アンド・バークスである。
この店で売られている物は主に闇の魔術に使われる品々であり、客のほとんどがもちろん闇の魔法使いである。
そのためか客はほとんど来店することはなく…はっきり言えば暇な店だ。
カランカランと来客を知らせる低めの鐘が鳴り響く。
読んでいた本を閉じ接客用の笑みを作り店へとでる。
「いらっしゃいませ。」
店に出れば黒いローブに深くフードをかぶった…おそらく魔女であろう客がいた。
「何かお探しですか、お客様。」
カウンターから出て客に近づけばその客のフードから覗く口元は綺麗な弧を描いてきた。
「えぇ、貴方に会いに来たのよ。」
それはリドルにとってとても聞き覚えのある声であった。
「こんにちは、トム・リドル」
もう二度と会うこともなければ声も聞くこともないだろうと覚悟して別れた相手がそこにいた。
彼は驚きを悟られないよう浅く息を吸い気持ちを落ち着かせる。
「やぁ、卒業式ぶりだね。アシュレイ・レイ」
ホグワーツにいたころのように笑みの仮面をつけ彼女に挨拶をする。
この気持ちを悟られないようにと。
誰にでも好かれた人気者の優等生、彼女にとって彼のイメージはそれだけでいい。
だがここで早々と返してしまえば彼女にとっては冷たい男となってしまうからとお茶に誘えば彼女は笑顔でそれに答えた。
「汚い店だけど…カップは綺麗だから安心して。」
「えぇ、いただきますわね。」
杖を振って紅茶を用意する。
いつもの癖、学生の頃の癖で彼女の好きな紅茶を出してしまったが紅茶1つで彼女の記憶は戻ることはない。
彼女の記憶は彼の魔法によって彼に奪われてしまっているのだから。
彼女の一つ一つの動作が酷く懐かしく思える。
彼女は何かを飲むとき右耳に髪をかける癖があり、今も昔もそれは変わらないようで髪を耳にかけてから紅茶へと手を伸ばした彼女の耳には僕が送ったピアスがまだつけられていた。
まだ熱い紅茶を飲み干した彼女のカップにおかわりのミルクティを注ぐ。
これも昔の癖だ、彼女は2杯目はゆっくり飲みたいと言っていた。
「ありがとう、『トム』」
彼女に冗談でしか呼ばれたことのない呼び方に少しの不快感とおかしさを感じる。
リドルは父親と同じ名前が嫌いでそう呼ばれることをよく思っていなかったが、彼女はそれと関係なく彼を『リドル』と呼んでいた。
…単純に飼い犬と同じ名前だったことが原因なのだが。
「口に合えばいいのだけれどね。『Ms.レイ』」
自分と君は親しい仲ではなかったと言うように彼女をそう呼んだ。
「…ごめんなさい、貴方との距離感がわからなくて、名前で呼び合うような仲ではなかったのかしら?」
「君は普段僕のことをファミリーネームで呼んでいたし僕もそう呼んでいたよ。」
半分は本当である、彼女は出会ったその日から彼を『リドル』と呼んでいたのだから。
「あの二人の友人だと聞いていたのに…私たち仲は良くなかったのね。」
「そうだね…悪くはなかったけど僕にとって君は高嶺の花だったからね。」
「…私が?」
「君は純潔の一族で僕は混血だ。嬉しくもアブラクサスやオリオンは僕と仲良くしてくれたがこの差は埋まることはないよ。」
これは本音だ。
彼は純潔である彼女に憧れていた頃もあった、自由に生き自分の意思をはっきりと持ちながらも人には好かれる彼女を眩しく思っていた。
そんな事を思い出しながら彼も紅茶を飲み干し少しばかり音を立ててカップを置いた。
「そう…私ったらてっきり貴方と私は親しかったのかと思ってたわ。」
「それはあの二人やヴァルブルガ嬢から?」
「いいえ、感よ。」
「感?」
「えぇ、感。」
あまりにもおかしなことを言うと思い聞き返すが、また同じ答えが返ってきた。
彼女らしい答えとも思う。
彼女は満足したのか先ほど出したミルクティを一気に飲み干し立ち上がる。
「もういいのかい。」
「えぇ、仲が良かったわけでないなら面白い話は聞けないでしょう?でも、会えてよかったわ、トム・リドル」
「僕もだよ、アシュレイ・レイ」
「本当に会えてよかった」と言いそうになる。
「紅茶もとてもおいしかったわ、ごちそうさま」と最後にお礼を言いながら彼女はフードをかぶり店の扉へと手をかける。
背を向けた彼女の手をつかみそうになる。
いまここで彼女の手をつかみ取れば今まで練ってきた計画をすべて捨て彼女と生きる道を選んだかもしれない。
だがそれは彼女を愛しているということを認めることにもなる。
この愛という感情を認めないために彼女との別れを選んだというのに、
「あ、そうだ。」
クルリと振り向いた彼女。
伸ばしかけた手を隠すように後ろに手を組む。
「来週このあたりに魔法省のガサ入れ予定があるから気を付けてね。」
また低い鐘の音が鳴り響けば彼女の姿は消えていた。
誰だ、あんな女を魔法省へ入れたやつは