短編

□優しく抱きしめよう
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美丞との試合が終わった。
結果は11−6。
マネジのあたしはベンチからではなくて
スタンドからの応援だった。
マネジは千代と2人だから
交代でベンチに入るようにしている。



隆也ママの隣で呆然と立ち尽くしていた。
試合に負けたことに対してではなく
隆也が怪我したことに対して。
負けたのは悔しいけど、立ち上がれないほどの怪我をした隆也が脳裏から離れない。



「…名前ちゃん?」

「……はい」

「大丈夫よ」

「でも、あんなっ」

「そんな顔しないで。タカは大丈夫」

「大、丈夫…」

「そうよ。ほら、下に降りましょ」



どんな顔で隆也に会えばいいのか判らない。
あたしが泣いちゃいそうな気がする。
つらいのは隆也なのに。



「…名前」

「隆也」

「…ごめん、負けた」

「っ…ううん、足は?」

「あー、なんかヤバいっぽい」

「…そっか」

「…あのさ、ちょっといいか?」

「う、ん」



松葉杖をつきながら移動する隆也についていく。
その背中はいつもより小さく見えた。
みんなから少し離れ、誰もいないベンチに腰を下ろした。



「………」

「………」

「…俺さ、約束したじゃん」

「…うん」



“約束”それは、夏大が始まる前に隆也があたしにしたこと。
甲子園に連れていってやるって。



「約束、守れなくてごめん」

「っ、まだ来年があるじゃん」

「そーだけど!…怪我さえしなきゃ」



そんな辛そうな顔しないでよ。
あたしまで苦しくなる。



「隆也はちゃんと頑張ったよ!あたし見てたから」

「………」

「だから、自分を責めないで」

「…名前、肩 貸してくれねぇか?」

「ん」



とん、とあたしの肩に頭を乗せて声を殺して泣いている。
そんな彼にそっと背中を撫でた。
いつもはそんな弱いところを決して見せない彼が今はあたしにさらけ出している。
こんな隆也、あたししか見れないんだなって思うとなんだか胸が締め付けられた。



「…隆也」

「ん?」

「あたしね、隆也が好きだよ」

「………」

「だから、もっと頼っていいよ。今みたいに、あたしは隆也を支えたい」

「サンキュな」



このあとの言葉が続かなかった。
なんて言えばいいのか判らない。変に話し掛けて、傷を広げたくなかった。
ただ、無言で隆也を抱きしめる。
いつの間にか隆也は顔を上げてあたしを抱きしめかえしていた。
強く強く。
軽くあたしを押して引きはがされた。
少し赤くなっているその目に優しく口づけをした。



「名前」



名前を呼んで今度はあたしの唇に口づけをした。
お互いを確かめるように角度を変えて何度も。



長い口づけをしたあと、彼はあたしを引っ張り抱きしめてこう言った。



「来年こそは連れてってやるから」
















優しく抱きしめよう







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