リクエスト
□染め上げる
1ページ/1ページ
仕事を終えた明け方近く、まだぼんやりと月が浮かび上がる空を見上げて、妙はほう、と息をついた。
少しずつ寒さが増してきたこの季節の朝は、妙の火照った身体を覚ますのに丁度よく、僅かに赤みを帯びた頬を柔らかな風が撫でていく。
酔い覚ましにとふらりと遠回りになる道に足を向けて、はたとその歩みを止めた。
「…あら、」
まだ暗い街にぼんやりと浮かび上がる人影。
それはあまりにも見知った人物で、妙は僅かにその表情に笑みを零す。
「仕事帰りか。」
「えぇ、土方さんこそ早朝廻りですか?」
「そんなとこだ。」
一人、薄暗い街に佇んでいた彼は、妙の姿を認めると僅かにその表情を柔らかいものにした。
相変わらず周りに紫煙を漂わせながら、彼、土方は、じゃり、と音をたてて妙に近寄る。
「この道は遠回りになるんじゃねぇのか。」
「酔い覚ましにはちょうどいいんです。」
そう言って妙がふふ、と笑うと、土方は僅かに眉間に皺を寄せた。
そしてまた、じゃり、と二人の距離が僅かに縮まる。
「一人じゃ危ねぇだろ。」
「いつものことだからもう慣れました。」
その幼い年齢とは相反して、大人の表情を張り付ける彼女に土方は心の中でそっと舌を巻いた。
それでもまだ見え隠れする幼い表情は危なげで不安定にも見える。
と、ふいに土方の鼻孔を甘い香りが擽る。
「それ、いつもつけてんのか。」
そっと手を伸ばして首筋に触れる。
すると僅かに妙の身体が強張り、ほんの少し距離が開いた。
ああ、こういうところはまだまだ子供なのだ。
「甘い、」
開いた距離を一気に縮めれば相手が怯むのが分かる。
それをばれないように楽しみながら、土方はまたその距離を縮めた。
とっくに煙草は捨ててしまっている。
「これ、香水か。」
妙の首元に顔を近づけて、くん、と鼻をならせば途端に広がる甘い香り。
しかしその匂いはあまりにもらしくない。
「仕事上、つけなくちゃいけないんです。」
妙は徐々に速度を増す心臓に気付かれないように極めて平静を装う。
いつもの平常心。何事もないかのような落ち着きを、彼は崩そうとしている。
「お前には合ってねぇだろ、」
息がかかるほどの至近距離。
「貴方の趣味に合わせる義理はないわ。」
もう目を合わせるのもやっとの思いで、それでも妙は負けじとしっかりと土方を正面から見据えた。
絶対に視線を逸らさない。
いや、違う。
逸らさないんじゃない、逸らせないのだ。
「酒の匂いもするな。」
するりと髪を撫でる土方の手から逃れようと妙が捩るも敵わず、相手との距離が数ミリまで縮まる。
煩いくらいに鳴る心臓が恨めしい。
「未成年は酒飲めねェの知ってるか?」
「そんなの、建前上でだけでしょう。」
「その建前を守るのが俺たちだ。」
「組織全員が問題児の集まりなのに?」
「違いねェ、」
くつくつと笑う土方を妙は一発殴ってやりたい衝動に駆られたが、それが出来ないのはきっと酔いのせいだ。
そう自分に言い聞かせて。
「危ねぇから送っていく。」
「結構です。」
どこまでも子供扱いな彼に、妙は先程収めた拳をもう一度振りかざしてやりたくなった。
簡単に離れた距離。
只の戯れと言うにはあまりにも冗談が過ぎていた。
「さよなら、土方さん。」
妙はこれ以上かき乱されないよう、いつもの笑みを張り付けて踵を返す。
「妙、 」
鼻を擽る苦い香り。
「…っ、ひじ……」
「またな、」
至近距離で見る彼の瞳に吸い込まれそうになる。
気付けば既に彼は背を向け、僅かに顔を出し始めた朝日を背に歩き出していた。
「狡い人、」
そっと唇に手を当てて、妙もまた彼とは反対の方向に足を向ける。
大人ぶってつけた香水の香りももう意味をなさなくなっていた。
代わりに漂うのはあの苦い煙の匂い。
身体中に沁みこんでしまったそれは、もうとれそうにもない。
結局自分はまだまだ子供なのだと思い知らされたような気がしたが、それでいいのかもしれない。
大人の仮面を剥がし、素の自分をさらけ出し、更には彼の香り一色に染め上げる。
そんなのも悪くない。
「やられっぱなしは性に合わないわ。」
次に会ったらどうやって仕返ししてやろうかしら。
妙は緩む頬を誤魔化しもせずに帰路についた。
冷たい風はいつの間にか熱く、その身をじんわりと焦がしていた。
end
ruru様お待たせ致しました!
一枚上手な土方さん、とのリクだったのですが…。
ご希望に沿えていますでしょうか…っ;;(ビクビク)
取り敢えず土方さんに余裕を持たせようと頑張ってみたら、何やらプレイボーイみたいになった気がすr
もし宜しければ、リクして下さったruru様に捧げます。
返品可ですのでっ。
リクエストして下さって本当にありがとうございました^^
.