リクエスト

□a green hand
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「誰に手ェ出したか分かってんの?」

「銀、さん…」

考えるより先に身体が動く、なんてこと、本当にあるんだと今になってようやく思い知った。



a green hand




「銀さん、ちょっと今からお買いものに行くんですけど。」
「おー、いってらっしゃい。」
「あら、重たい荷物を私一人で持てって言うの?」


にっこりと誰もが見惚れるような柔らかい笑み。
しかしそれに騙されるほど付き合いが浅いとは、到底自分自身でも思ってはいなかった。


「右腕と左腕、どっちがいいかしら。」
「五体満足でお願いします。」


ぽきぽきと細い指を鳴らしながら近づいてくる彼女に降参のしるし。
両手をあげて肩をすくめて見せれば、彼女は先程とは違う“本当の笑み”を向けてくるりと背を向けた。
それに心の中で、面倒臭い、と呟きながら、俺は欠伸を噛み殺してその後に続く。


「人、多いですね。」
「あー、だな。」


今日は祭りでもあるのか、と疑うほどの人、人、人。
歌舞伎町はいつも以上に人で溢れかえっていた。
正直人混みは好きではない。
やはり大人しく付いてくるんじゃなかったと内心溜め息をつきながら、少し前を行く彼女の後ろをだるそうについていった。

スーパーまであと少し。
と、前方から何やら騒がしく談笑しながら歩いてくる男数人は、大勢人がいるのもお構いなしに横幅いっぱいに広がり我が物顔で近付いてくる。
もちろんこちらのことは視界にも入っていない様子だ。
そんな彼らを何の気なしに見やりながら、小さく、あ、と呟いた。


「きゃ…っ、」


が、僅かに遅く、一番左を歩いていた男の肩がお妙の肩に触れる。
軽く、どん、という衝撃の後、構えていなかったお妙の身体が僅かにぐらつき、条件反射でその身体を後ろから支えてやった。


「いってーな、」


どっちが悪い。なんて、誰が見ても一目瞭然なのだが、彼らにそんな常識は通用しないだろう。
男の一人はぎろりとこちらを睨み付け、そしてお妙の顔を見ると僅かにその表情をにやつかせた。


「お姉さん、どーしてくれんの?」


どーするもこーするもないだろう。
ああ、本当に面倒臭い。
何が面倒臭いかって、彼らの相手をすることよりも、彼らが狙いを定めた彼女が数段面倒臭い。


「どーするも何もないでしょう。貴方たちこそ何処見て歩いてんだコラ。」


にっこりと黒い笑みを張り付けて、少しも引けを取らずに彼らを睨み付ける。
だから、こいつはこーゆう奴なんだって。


「ぶつかっといてその態度はねーだろ、お姉さん。」
「どっちがぶつかってきたのか、その小さな脳みそに叩きこんでやろうかしら。」


確実に分が悪い。
もちろん分が悪いのはこちらじゃない。
こいつが暴れだしたら手のつけようがない。


「お妙、そのくらいにしとけ…」
「あら、銀さん。私は曲がったことが大嫌いなのよ。」


知ってる。
彼女は自分が悪くないことは、どんなことがあっても謝ったりはしないのだろう。
それは決して間違いなんかではないのだけれど。
何故だろう、こう、胸がもやもや…いや、むかむかする。


「はいはい、ストップ。こちらが悪ぅございました。はい、さようなら。」
「ちょっ、てめェ!!まだ話は…」
「そうよ、銀さん!放して…っ、」


まだ何か言ってくる彼らを完璧に無視して、お妙の腕を掴んで人混みに紛れる。
その間も掴まれた腕から逃れようとお妙はもがいていたが、そう簡単に離す気はない。
そしてようやくスーパーの前に辿り着いたところでようやくその腕を離してやった。


「ちょっと銀さん!どういうつもり?」


彼女は僅かに頬を赤らめて睨み付けてくる。
余程心外だったらしい。


「どういうつもりなのはお前の方だよ。あんな人混みで何しようとしてんの。」
「でも私は悪くないわ。」


分かってる。
彼女は何一つ悪くないのだ。
こちらが謝る必要だってなかった。
しかし、悪くないからこそ、余計に腹が立つ。


「悪くないのは分かってんだよ。けど場はわきまえろよ。」


自然と荒くなる口調。
違う。本当はこんな言い方しなくてもいい。
けれど、どうしてもこのもやもやがとれないんだ。
自分でも分からない苛々に腹が立つ。


「それでも、私は間違ったことなんてしたくありません!」
「好き勝手言ってんなよ!!」


一瞬、しん、とその場が凍りつく。
スーパーの前の一角で、俺たち二人の周りだけがやけに静かに時を刻んだ。


「何言って…、」


僅かに声を詰まらせたお妙の声が更に頭をぐちゃぐちゃにする。
違う違う。本当はこんなこと言いたいわけじゃなくて。
何でこんなにも腹が立っているのかが分からなかった。
それでも俺の口からは次々に言葉が零れ落ちる。


「あいつらが間違ってる。それは認める。
 けど奴らは腐っても男だ!お前が思ってるほど甘くはないんだよ!」
「意味が分かりません。」


はっきりと、下から思い切り睨み付けてそう告げる彼女の胸倉を思わず掴みあげたくなった。


「お前は女なんだぞ!?下手なことしてどうかなったらどうすんだ!
 男を甘く見てんじゃねェ!!」


ぐっと、彼女の顔が僅かに強張ったのを見逃さなかった。
その瞬間、左端に過った何か。
きっとそれを避けようと思えば簡単に避けられたはずなのに。
敢えてそれをしなかったのは彼女の瞳が僅かに水気を帯びていたからだろうか。


「男だとか、女だとかっ。
 女だから間違いを正さず大人しく男に従えって言うの?」


確かに声は震えていた。


「力で敵わないから、女は黙って頭を下げてればいいって、そう言ってるの!?」


ぽたり、と、彼女の瞳から零れた水は乾いた地面に吸い込まれていった。
そして走り去る彼女の背中をじっと見つめながら、熱を帯びた左頬をおさえてその場に立ち竦む。


「なにしてんだ、俺」


じん、と熱くなる目の奥に気付かない振りをして、ああ面倒臭いとまた小さく呟いた。




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