リクエスト

□創造された空
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ぽたり、と葉から一滴の水が零れ落ちた。
昨日の雨が嘘のように、今ではご機嫌を取り戻した太陽がきらきらと庭を照らしていた。

「神楽ちゃんと新ちゃん、ちゃんとお店に着いたかしら。」

ことり、と湯呑の入ったお盆を床に置き、縁側でのんびりと寛ぐ男に差し出してやる。

「あいつらだって電球くらい買ってこれんだろ。」

昨日の夜から降り続いた雨のせいで、なんだか湿気の多い庭に、またぽたりと滴が染み込んでいった。
万事屋の電気が切れて二日。
銀時と神楽は昨日から志村家の厄介になり、雨があがってようやく神楽は新八を連れて目当ての電球を買いに出た。
ずず、と熱いお茶をすすって銀時はまたぼうと庭を眺める。

「こんな日は湿気が多くてやだね。」

太陽が出ても未だしつこく居残る湿気に銀時は舌を鳴らして、いつもより膨張している頭をがしがしとかき回した。

「あら、雨が太陽に反射して綺麗じゃないですか。」
「そーいうのは髪がさらっさらな奴だけが言う台詞なの。」

眼の端にそのさらっさらな黒髪を靡かせる彼女を確認して、銀時はわざとそれを視界の隅に追いやった。
こんな日は思い出さなくてもいいことまで思い出してしまうから厄介だ。
湿気は銀時の頭をがんがんと締め付け、脳の奥底にある記憶を無理矢理に引きずり出そうとする。

「脳の中にまで黴が生えちまう…」

重苦しい水分は確実にじわりと頭の中を湿らせていった。
轟々と耳鳴りがするのか、やけに辺りが騒がしい。
やめてくれ、と思わず叫びだしそうになるのをぐっとこらえて、銀時はかたく瞳を閉じた。

「そうならないために、太陽があるんでしょう。」

いつの間にか眉間に大きく皺を寄せていたらしい。
寄せた眉をゆっくりと元に戻しながら、隣でそう言う彼女の声に心ならずも救われた気がした。

「違いねぇ、」
「どんなに苦しいことがあっても太陽は変わらず昇るんだわ。」

私、前まであの太陽が嫌いだったんです。
いつも太陽のような笑顔を見せる彼女の意外な言葉。
しかしそれに銀時は、大して驚くでもなく、しかし肯定もせずただ黙ってそれを聞いていた。

「ずっと夜が続けばいいのに、って思ってました。」

静かな夜は寂しさを倍増させてくれる。
そうしてそのまま闇に溶け込んでしまえればよかったのに。

「どんなに手を伸ばしても届かないのなら、いっそ」

壊してしまえ。
銀時はそう、こっそりと心の中で呟いた。
またぐるぐるととぐろを巻き始めた黒い靄に胸が蝕まれる。
ああ、今日はいい天気だな、と再度空を見上げながら、無性にその天を切り裂いてやりたくなった。
俺と彼女を苦しめるだけの空なら、いっそなくなってしまえばいい。

「いい天気ですね。」
「そうだな。」

段々と影の面積が少なくなり、縁側にも温かい日差しが惜しげもなく注がれる。
既に耳を劈くあの耳鳴りは聞こえてはいなかった。
遠くで子供のはしゃぐ声。
鳥の鳴き声、かさかさと落ちる葉の音。

くあ、と大きな欠伸を漏らして銀時は涙の浮かぶ瞳で妙をちらりと盗み見た。
彼女はいつものように、凛と空を見上げている。

「遅いですね、」
「餓鬼に寄り道は付きものだろ。」

きっとあと数分もすれば、ばたばたと煩く帰ってくるに違いない。
そうして何やかんやと訊いてもいない町の様子を事細かに話し始めるのだ。
それに相槌をうちながら微笑む妙。
話半分にうとうととそれを流す銀時。
両手を使って身振り手振り話す子どもたち。

何も問題はない。

「おやすみなさい、」

あと数分の平和なひと時。
それまでは僅かな睡眠を貪ろうと、銀時はゆっくりとその瞳を閉じた。







    END



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