リクエスト

□君だから、
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「海、見に行かねぇか」

唐突と呼ぶに相応しいその言葉に、妙はその手を握り返すことで返した。
いきなり家に訪ねて来たかと思うと、土方は車の助手席を開けて妙を促す。

「土方さん、お仕事は?」
「午後から非番だ。」
「そのわりには見かけ、いつもと変わりないですけど。」

いつもと同じ黒い隊服。
非番なら着流しでもいいはずだ。
そんな妙の的を得た問いかけに、土方はあからさまに目を泳がせた。

「…すぐ戻る。」
「これじゃあ沖田さんを叱れませんね。」

そう言って妙がくすくすと笑うと、土方はバツが悪そうに眉を顰めた。

「でも土方さんがお仕事をサボるなんて珍しいですね。何かあったんですか?」

彼は海を見に行こうと、そう一言言っただけで、どこの海なのか、増して何故急に海なのかということには一切答えようとはしなかった。
これ以上聞いても無駄だと判断したのか、妙は黙って、それでも嬉しそうに通り過ぎる街並みを眺めた。

「車で来れるのは此処までだ。悪いが此処からは少し歩くぞ。」
「ええ、構いませんよ。」

適当な駐車場に車を停めて、土方は車を降りた。
そして助手席を開けてやると、降りる妙に手を差し出す。

「此処、私初めて来ました。」

訪れたことのない場所に、妙は僅かに目を輝かせてきょろきょろと辺りを見渡した。
それに、迷子になるなよ、と笑いながら土方がその手を引く。
たくさんの人が行き交う道を、土方は後ろを歩く妙を庇いながら突き進んでいった。

「足、痛くねェか?」

歩き始めて数分。
周りの店に気を取られていた妙は、土方の問い掛けに一瞬反応が遅れるも、すぐに笑みを零した。

「大丈夫ですよ。」

いつもは人に無関心な振りをしているくせに、本当は誰よりも人を見て、そして気遣っていることを妙はよく知っていた。
その彼の優しさに自然と繋ぐ手に力がこもる。
しかし、その気遣いは妙相手だからこそフルに発揮されていることを彼女は気付いてはいなかった。
ほんの少し二人の距離がまた縮まった時、ふと土方はその歩みを止めた。

「…確か此処を…右、だったな。」

ぐいと妙の手を引いてある角を右に折れる。
そして更に真っ直ぐと突き進むと。
鼻を擽る潮の匂い。それに気付いた時にはもう。

「………、」

瞬間、目の前に鮮やかなコバルトブルーの海が広がった。

「綺、麗…」

思わず吸い込まれてしまいそうなほどの真っ青な海。
寄せては引く波の音が、妙の鼓膜を優しく揺すった。

「降りるぞ。」

堤防の下の浜辺へひらりと飛び降りて、土方は満足気にその砂の感触を楽しむ。
妙も同じように飛び降りようとして、ふいに制止の声をかけられた。

「危ねぇだろ。」
「あら、大丈夫ですよ。」
「いいから手、出せ。」

両手を広げられて、妙は僅かに戸惑いながらもそれに手を伸ばす。
すると土方はそのまま妙を軽々と持ち上げたかと思うと、ゆっくりと浜辺に降ろしてやった。

「たまには甘えてみろよ。」
「土方さんには十分すぎるくらい甘えてますよ。」

そう言って妙がにっこりと笑えば、土方はほんの僅かにその頬を赤く染めて困ったように妙の髪に手を伸ばした。
すると、何かに気付いたのか、土方ははっとして妙から視線を外す。
そしてある一点をじっと見つめた。

「これを、見せたかったんだ。」

そう言いながら土方は妙の髪をするりと撫で、背後の海を振り返る。
それにつられて妙も同じように海を見せば、そこでの光景に思わず息をのんだ。

「………、」
「綺麗、だろ?」

先程まで真っ青だった海。
しかし今、それは正に赤く染まろうとしていた。

「こ、れ……」
「この海と夕日を見せてやりたかった。」

真っ赤な太陽は燃えるように神々しく、ゆっくりとその巨体を海と沈めていく。
その色彩は海を真っ赤に染め、同時に土方と妙の顔も赤く照らし続けた。

「覚えて、たんですか…?」
「まぁな、」

思わず涙腺が緩みそうになるのを必死に堪えて、妙は瞬き一つせず海を眺めた。
この夕日は、海は、只の風景ではない。


それはいつか、土方が近藤と店に飲みに来た時に遡る。






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