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□スカーレットの瞳
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遠くで虫が鳴いている。
それに耳を傾けながら、妙は右手の団扇をまたゆるりと傾けた。





スカーレットの瞳






あれからどれくらいの時間が流れたのだろう。
此処に連れてこられたのがお昼過ぎ。
まだ日も高く、外に立っているだけで汗ばんでしまう中を妙は一人で歩いていた。

そんな彼女を突如背後から抱き竦め、あっと言う間もなく手を引いて此処に連れてきた彼は、今は呑気に夢の住人と化している。
襖の向こうからは僅かな月明かりと虫の声。
それだけで悠に、半日は此処に拘束されていることが分かる。
しかしそれは、決して不快なんかではなかった。


「………ん、」
「暑いですか?」


膝の上の頭がもぞりと動くのに、妙は休まりかけていた右手を動かして風を送ってやる。
電気一つつけず、ぼんやりとした暗闇の中で妙はそっとその明るい髪を撫でた。


「屯所って、初めて来ましたけどやっぱり広いのね。」


彼に割り当てられたこの部屋も、一人で過ごすには十分すぎるほどである。
必要最低限のものしか置かれていないこの部屋は酷く殺風景で、しかしそれがどことなくこの男に似ていて妙は自然と笑みが零れた。


「そんなに見ても、何も出てきやしませんぜ。」
「あら、起きてたの?」
「たった今。」


そう言いながら欠伸を漏らすも、一向にその頭を擡げる気配は見せない。
そんな彼を咎めるでもなく、妙は休まず右手を動かし続けた。


「沖田さんは此処で、寝たり、起きたり、昼寝したりしてるのね。」
「…寝てばっかりじゃねェですかィ。」
「だって、他に想像がつかないんですもの。」
「俺だってたまには他の事もしてやすぜィ。」
「例えば?」
「おやつ食ったりとか。」
「まあ、」


それに妙がくすくすと声に出して笑うと、気分を良くしたのか沖田は少しだけ口元を緩ませて寝返りを打った。


「今日、仕事は?」
「今更なこと聞くんですね。」
「大丈夫。一緒に怒られてあげやす。」
「それはどうも。けどご心配なく。今日は休みです。」


それを聞いて、そうか、と嬉しそうに呟いた沖田はそのまま妙の腰に腕を回す。
ほんの少し香った香の匂いにうっとりと酔いしれていると、咎めるように妙に後ろ髪を軽く引っ張られた。


「沖田さん、そろそろ起きて下さい。」
「何で?」
「足が疲れたからよ。」
「そりゃ失敬。」


自分が酷く心地良く寝ていた時間に比例して、妙の足にも同じだけ負担がかかっている。
それを理解すると、沖田はあっさりとその身体を起こして妙の足を撫でた。


「結構です。」
「どうして?」
「だって沖田さん。触り方が何だか…」
「やらしい?」
「自覚してらっしゃるの?」
「そりゃ、下心がありやすから。」


そう言って笑えば、妙にぱしんと頭を叩かれる。
それにも笑って尚も足を撫で続ければ、妙は諦めたのか小さな溜め息を吐いただけで手を出そうとはしなかった。


「細ェなあ。」
「何が?」
「足。あと、腕、手首、腰。…全部。」


そう言いながら妙の身体をそっと撫でる沖田は、感心したように声を漏らす。


「こんなに細ェのに、しっかりとしてるもんだ。」
「それは、鍛え方が違いますから。」
「はは、違いねえ。」


向き合って座り、沖田はその細い手首をそっと持ち上げる。
先程までこの手が自分の頭を撫で、団扇で風を送ってくれていたのだと思うと、言いようのない感動に包まれた。


「どんなに細くても。俺にとっちゃ何よりもでかい存在だ。」


少しでも力を入れればぽきんと折れてしまいそうなその身体でも、他の何よりも沖田を支配しているそれに違いない。


「お妙さんはいつも黙って俺の言うことを聞いてくれやすね。」


そっと、妙の身体を引き寄せて腕の中に閉じ込めてしまう。
暗闇の中でも分かるほどに妙の唇は赤く染まり、沖田はそれに素直に従って口付けた。


「黙ってても、沖田さんの言いたいことは顔に書いてありますから。」
「俺はそんなに分かりやすいですかィ?」
「きっと、私が貴方をずっと見てるから。かしらね。」


ぎゅっと音がするほど抱きしめて、沖田は妙の髪に顔を埋める。
この想いが全て伝わればいいと、瞳を閉じてただ腕の中の温かさに酔いしれた。


「私が此処にいて、怒られないかしら。」
「それこそ、今更ですぜィ。」


くく、と笑って妙の真っ白な頬に手を添える。
真っ直ぐと見つめてくるその真紅の瞳に、妙は引き寄せられるようにして唇を寄せた。
閉じた瞼に口付けて、結ばれた唇を指でなぞる。
その妙の指が二往復した所で、ぱくんと白い歯に捕らえられてしまった。


「痕、つけたい。」
「指に?」
「全部。」
「それは困るわね。」


そんなやりとりをしている最中でさえ笑い声は絶えない。


「じゃあ、此処に。」


そう言って妙の左手を取り、薬指に口付けた時。
妙の身体がふるりと小さく震えた。


「一生、消えなければいいのに。」


僅かに赤く染まったそこを見て、どちらかがそうぽつりと漏らす。
ようやく暗闇に慣れた瞳でも、その色だけは嫌にはっきりと確認することが出来た。


「今日はもう、泊まっていきなせェ。」
「最初からそのつもりだったくせに。」
「ちなみに。布団が一つしかないのも計算済み。」
「じゃあ、沖田さんは畳の上ね。」
「却下。大却下。」


ふわりと幸せそうに笑う妙に微笑みかけて。
沖田は指を絡めて、虫の音を背にもう一度だけ顔を寄せた。





     end



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