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□Tutto splendono
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好きだと言ったのはどちらだっただろう。
俺かもしれないし彼女かもしれない。
どちらにせよ、互いにそういった空気を纏っていたことだけは確かだ。

気付けば傍にいた。
気付けば一緒に笑っていた。
気付けば俺は彼女の元に帰っていたのだ。
そして彼女もまた、俺を待っていた。

だからこれはこうなるべくしてそうなったのであり、一種の運命にも似た何かが二人を引き寄せ、そして一緒になった。
言うなれば自然の摂理。当然の結果。
決められた絶対の未来としてここに存在……


「してたまではいいんだよ!あれ?付き合うってこういうことだったっけ?」


久しく色恋沙汰に縁がなかったせいか、世に言う“お付き合い”というものがどういったものか分からなくなってしまったらしい。
いやしかし、それ以前によく考えてみれば俺は本気で誰かを愛したことなどなかったのだ。
だからこれは所謂初めての本気のお付き合いになるわけで。


「いやいや。だからってこれはねーだろ。」


いくら本気の恋愛だって、今時こんなピュアな関係なんぞ流行るはずもない。


「もう…二ヶ月も経ってんの?」


女々しくカレンダーなんぞを捲りながら、はあと吐いた溜め息は重たく部屋の床に沈んでいった。


「手も握ってないって…。…三歳児にすら負けてる気がすんなあ。」


そして今日は、そんな愛しの彼女とのデートの日である。


「…部屋で待ってて下さって良かったのに。」
「まさか。つか、普通俺がお前ん家まで迎えに行かなきゃいけねえだろ。」
「どうして?銀さんの家からの方がスーパーに近いのに。」


そう言って、本当に思っているのだろう。
ぱちりと目を瞬かせて首を傾げる彼女に、可愛いけどなんか違うと教えてやりたかった。
というか、デートがスーパーってどういうことだろうか。


「…お前は、さ。それでいいわけ?」
「え?」
「だから。普通デートっつったら、こう、他に行くとことかあるだろ。例えば、」
「デ、デートなんですかっ?」
「えっ?違うんですか?」


何てこった。
てっきりこれはデートなのだと思い込んでいたが、どうやら違うらしい。
途端に顔を赤らめて顔を背ける彼女に、思わずつられてこちらの顔も赤く染まる。


「…じゃあ、何なの今日。」
「普通に、買い物…なのかと。」
「恋人同士が二人で出掛けるっていったら、それはもうデートだろ。」
「そうなんですか?」
「いや、まあ……多分。」


俺も詳しいわけではない。
最近のカップルが何をしているのかなど見当もつかないし、第一彼女に何をしてやれば喜ぶのかなど未だ未知であった。
それこそ彼氏失格だと言われればそれまでだが。


「ごめんなさい、私…。その、付き合うとかまだ、よく分からなくて…」


今までその小さな背中に多くの苦労を背負ってきたからだろうか。
色恋沙汰に縁のないのは、どうやら俺より彼女の方が上手らしい。
普段水商売をしているもんだから余計にその感覚はどこか偏りを見せていた。
こうなればもう、彼女に普通の女の子としての楽しみを存分に味あわせてやりたい。


「なら今日は、デートしようぜ。」
「スーパーは?」
「また後で。」


折角想いが通じ合ったというのにこれでは何の意味もない。
恋愛初心者の彼女を見ていると、何故だが無性に愛しくなってその黒髪をくしゃりとかき混ぜてやった。


「ほら。」
「…何ですか?」
「手。デートだろ。」
「えっ?今?」
「今繋がなくていつ繋ぐんだよ。」
「だ、だってまだ明るいし…っ。」
「別にキスするわけじゃねえんだから、平気だろ。」
「キ…っ、」


余程この言葉が衝撃的だったのだろう。
声に詰まってかあ、と顔を真っ赤にする彼女に俺は驚いて差し出した手を引っ込めた。
何だその反応。
いくら恋愛経験がないからっていくらなんでもしかもあのお妙がそんな。


「やばいめちゃくちゃ可愛い今すぐ此処でハグしてキスしたい。」


聞かれていれば確実にぶん殴られる所だが、幸い俺の呟きはパニックに陥る彼女の耳には届いていなかったらしい。


「取り敢えず。手、貸せ。」


どうにか自身の興奮を抑えて再度差し出した手を、お妙は数度躊躇するように俺の顔と交互に見つめていたが、俺が折れないことを悟るとおずおずとその小さな手で握り返してきた。
その瞬間にじんわりと広がる互いの熱。
ああ、やばい。
たったこれだけで胸の奥が苦しくなるほど幸せだ、と感じるなんて俺も相当いかれてる。


「どこ、行くんですか?」
「あー。…何も考えてなかった。」
「何ですか、それ。」
「まあ、適当にぶらぶらすんのもいいだろ。たまには。」


こんな風に二人でゆっくりする時間等滅多にない。
基本子供たちに振り回される生活は、俺たちの距離を遠ざけることはなかったが同時に近付けることもしなかった。
だからこの時間は自分たちだけのものなのだと自覚した途端に何故だか酷く贅沢な気持ちになる。
それは恐らく彼女も同じなのだろう。
いつもより幾分か柔らかい空気を纏って俺の少し後ろを付いて歩くその姿は、思わず頬が緩むほどに可愛かった。


「あ、団子屋。」
「ふふ、入ります?」
「此処の団子は格別に美味いからなあ。」


それからしばらく町をうろついて、目の端に止まった団子屋で歩みを止める。
折角馴染んできた手を離すのは酷く惜しかったが、それを極力悟られないように絡めた指を解いて長椅子に腰をかけた。


「な。美味いだろ?」
「ええ。このお茶もすごく美味しい。」


ず、と彼女の喉に流れ込む液体は抗うことなくその中へと入っていく。
俺もどうにかしてそのように彼女の中に自然と入ってはいけないだろうかと何とも馬鹿げた考えに浸っていると、ふいに白い指先が口の端を過って思わず身を引いた。


「あ、ごめんなさい。」
「え、や、別に…」
「餡子、付いてましたよ。」


そう言ってふふ、と笑って俺の口の端に付いていたらしい餡子をその指先で拭う。
そしてそれを当たり前の様に舌で舐めとる仕草に、どうしたものかとくらりと揺れる頭を抱えた。
手を繋ぐだけで真っ赤になるくせに。
どうしてこう無自覚に惑わせるのかと恨みがましく下からじとと視線を送れば、どうかしたのかと何とも人ごとの様な反応が返って来てがっくりと肩を落とした。


「何でもねえよ。」
「銀さん?」
「…さ、もう行くか。」
「はい。」


これ以上此処にいては何だかまずい気がする。
根拠はないが、強くそう感じられて俺は早々に腰をあげて彼女の手を掬い取った。



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