Silver soul2

□抜いた剣の矛先
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「何かおかしいアル…」


神楽がそう漏らしたのは三日前。
何がおかしいのかと問うても分からない、の繰り返し。
数日前から、明らかに彼女の様子がおかしくなった。


「原因は、」
「何、お兄さん。いきなり不法侵入したかと思えば開口一番それですか。」


ソファに寝転んでジャンプを胸に眠りこけていた銀髪のその男を乱暴に叩き起すと、当たり前に非難の声が上がった。
が、そんなことに構っている暇はない。


「神楽の様子がおかしいの、お前も知ってんだろ。」


そう言えば奴は、あー、だのうー、だの言いながら、ぼりぼりと頭を掻いて身体を起こす。
そしてその気だるそうな眼をこちらに向けると、ジャンプを机の上に放り投げて座り直した。


「この前な、会ったんだよ。」
「誰に。」


あいつの兄ちゃん。


その言葉に含まれたものを一瞬で感じ取る。
銀時は何も言わなかったが、その声色、表情で何か再会に喜べない理由が隠されていたのだと悟った。


「神楽は奴を救ってやりてぇんだ。」


何から。とは聞かなかった。聞いてはいけない気がした。
その先を聞いて、俺が何もしない保障などなかった。(だってそれなら何のために今剣を握っている。)


「そうか。」


それだけ聞くと俺はすぐに踵を返す。
そんな俺を銀時は引きとめるでもなく、黙って見送った。


「神楽。」


いつもの公園のいつものブランコに、いつものように彼女はいた。
ぷらぷらと足を泳がせながらくるり、と傘を回す。


「トシちゃん。私、何かおかしいアル。」
「何かって何だよ。」
「分かんない。」


その理由は既に知れた。
しかし、それは彼女自身が自分で気付かなければ意味がないのだ。
傘に隠れたその表情までを読み取ることは出来なかったが、彼女の言うおかしい、の意味はひしひしと伝わってきた。


「胸がざわざわするアル。」
「それで?」


やんわりと、その言葉の先を待つ。
それに応えるように、神楽はぽつり、ぽつりと言葉を漏らした。


「どうしたいのか分からない。どうしたらいいのかも分からない。」


その言葉一つ一つに相槌を打つ。


「嫌い。だけど憎めない。けど、愛せない。でも捨てられない。」


彼女の心を代弁しているかのように、木々がさわさわと泣いた。


「理解出来ない。けど近づきたい。でも拒まれる。のに、…助けたい。」


どうしたらいい?
確かにその瞳は俺にそう、訴えかけていた。


「それを俺に言うか。」


思わず苦笑い。
詳しい事情も知らない。知らなくていい。
だが、俺の勘が冴えていれば、お前の兄ちゃんと俺は真反対の場所に立っているだろうに。


「トシちゃん……、」


ぐらり、とその小さな身体が傾いた。
それが地面に落ちる寸前で抱きとめる。


「私…、おかしい……アル…」


そう言い残して意識を手放す彼女にそっと呟いた。


「おかしくなんかねぇよ。」


ばさりと隊服を脱ぎ、その身体を包む。
そして横抱きにして抱えあげると、彼女の傘も拾い上げて屯所へと足を向けた。
時折苦しそうに眉を顰めるその額に口付けて。


「お前は馬鹿なんだから悩まなくていいんだよ。」


どうせロクな考えが出てこねぇ。
こんな身体が悲鳴をあげるまで悩む必要なんかない。
難しいことは全部、全部俺が引き受けるから。


彼女には、いつでも眩しいくらいのあの笑顔で生きていってほしいんだ。


「眉間に皺を寄せるのは俺だけで十分だ。」


そう言って腕に力を込めれば、それに返すように擦り寄ってきた。
無意識のそれが無性に愛しい。


「大丈夫だ。」


大丈夫。
俺が剣を抜くのはいつだってこいつのためだ。
そう何度も言い聞かせてきたはずなのに。

その時に、俺は剣を抜けるのだろうか。


「大丈夫、」


その呟きは彼女のためか、己のためか。






(彼女が泣くのが分かっていて、俺は剣を抜けるだろうか)






       end




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