Silver soul2

□青春イノセンス
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夏の気だるい暑さから解放されてようやく秋が来た。
清々しいくらいの秋晴れに、こんな良い天気に教室になんか籠ってられるかと走って屋上を目指す。
昼休みも終わるこの時間に他の生徒がいるはずもなく、誰にも遠慮することなくフェンスに背を預けて大きく息を吐いた。
と途端に襲ってくる睡魔。
それに抗う理由などあるわけもなく、そのまま大人しくその大層魅力的な世界にずずと落ちていった。

それからどれくらい経っただろう。
ふいに甘い匂いが鼻孔を擽り、思わず頬の筋肉が緩む。
しばしその香りに酔いしれようとまた夢の世界へ逆戻りしかける俺に、その香りはより一層濃くその存在を主張し始めた。
それと同時に感じる視線。
見られている。
確実に誰かに見られている。それもかなり間近で。
身体に穴が空いてしまうんじゃないかと思うほど、目を瞑っていても分かるほどにそれは俺を観察している。
さすがにこの中で再度夢の住人と化するのは難しい。
恐る恐る慎重に。

「………うおっ!」
「……わ、」

無視し続けることも出来ず、ゆっくりと目を開けて仰天。
思わずがしゃんと後ろのフェンスにぶつかり、その反応に相手も僅かに目を見開いた。

「え、…え、何?」
「ごめんね、起こしちゃった。」

周りをね、蝶々が飛んでたから気になって。
そう言ってふわりと笑う彼女に不覚にもどきりと俺の心臓は飛び上らんばかりに跳ねた。

「し、志村…?」
「私の名前、知ってくれてたんだ。」

そんなの。
当たり前だろ、という言葉は何とか呑み込む。
クラスはおろか、学年でも有名な彼女、志村妙。
その綺麗な容姿と最近の女子には見られないどこか気品に溢れた佇まい。
勿論男女ともに人気が高く、ある意味有名人の彼女でもあった。
幸い今年から同じクラスになれたはいいが、未だ一度も話せていなかったりする。
そんな彼女がどうしてまた。

「なに、やってんの?」
「あのね、病院に寄って今学校に来たんだけど。」

そう言って、右手首を見せる。
その細い手首には白い包帯がのぞいていた。

「下から屋上の方を見上げたら何か光って、」

それで気になって上がってみたら坂田くんがいたの。
坂田くんの髪ってきらきらして綺麗ね。
そう何の屈託もなく笑って言う彼女の方が数倍綺麗で思わずくらりときた。
今まで遠くにいた存在が急に近くにいるだけで呼吸すらままならない。
ていうか。

「志村…。俺の名前、知ってたんだ」

俺が志村の名前を知っているよりもそっちの方が数段驚きだ。
今まで一度も話したことはないし、特に目立つ行動も取っていない(授業中はいつも寝てるし)。
そりゃ、この髪は多少なりとも目を引くだろうが。
そう思って首を傾げていると、志村は可笑しかったのかくすくすと笑って、そんなのと目を細めた。

「同じクラスだもん。知ってるわよ」

彼女は大層律義な性格らしい。
今のクラスになって既に数ヶ月が経つが、俺は未だにクラスの奴らの名前を覚えてはいなかった。
が、彼女はそれを見抜いたのか、でもクラスみんなの顔と名前を覚えるのは大変よね。と笑った。

「…高校入ると名札、とかないじゃん」
「そうだね」
「だから…」

だから覚えられないんだ、と俺は最後まで言葉を続けることが出来ず、只目の前のその存在に身体を強張らせる。
近くで見れば見るほど吸い込まれそうで、とてもじゃないが直視する、なんて今の俺にはそんな芸当は無理らしい。

「でも、坂田くんは私の名前、知ってくれてたんでしょ。」

嬉しい。
なんて、ああもう。何て顔で笑うんだろう。
俺も他の奴らと同じで、例外なく彼女に惹かれてしまっている。

「教室、行かなくていいのか?」

なんて。本当は行ってほしくないくせに。
言葉が続かない俺が苦し紛れに出した話題。
この滅多に訪れない(もしかしたら二度と来ないかも)チャンスをこのまま終わりにしてしまうのは酷く勿体ないように思えた。
しかし、そう言った俺に志村は腕時計をちらと確認して、うんと唸る。

「今から授業出ても中途半端だし、私ももう少しゆっくりしたいし…」

次の時間からでいいかな。なんて、少し悪戯な笑みを浮かべてしゃがんでいた腰をすっと上げる。
それに合わせてスカートが風に靡き、目の前に眩しいすらりとした足が見えて思わず顔を反らした。
それはさすがに心臓に悪い。
しかしそんな俺の葛藤など露知らず、志村は、ねぇ坂田くん、と首を傾げてこちらを覗き込んできた。

「な、なに、」

思わず上擦りそうになる声を何とか誤魔化す。
俺の邪な考えが見抜かれてしまったのかとどきとするが、そうではなかったらしく彼女は風で揺れる髪を押さえてあのね、と言葉を続けた。

「いいサボり場所、知らない?」

その意外な言葉に僅かに目を見開くと、彼女は困ったように笑ってこう言った。

「私、サボるの初めてだから。」

どこかゆっくり出来る場所ないかな、と尋ねてくる志村に思わず腰を上げて口走ってしまった。

「此処!」
「え?」
「此処、なら誰も来ねーし……」
「え、でも…」

坂田くんの邪魔じゃない?と聞いてくる彼女に思い切り首を振ることで返した。

「や、ていうか。志村が嫌じゃなかったら…だけど」

段々と語尾が小さくなる俺を志村はじっと見つめていたが、ぱちと目が合うと途端に花が綻んだかのようにぱっと笑った。

「ありがとう、」

その笑顔に、なんかもう、全てを奪われた気がした。




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