Silver soul2

□コンビニ中毒
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「しゃーませー。」

店内にやる気のない声が響く。
しかし、客はそれを大して気にするでもなく目当ての棚へと向かって行った。

「あー、面倒臭ぇー。」

早く帰りたいと愚痴るも、バイトが終わるまであと数時間もある。
それを確認すると、銀時は深く溜め息をついて頭をかいた。
このコンビニのアルバイトを始めて約一年。
一年も経てば、仕事のいろははほとんど覚えてしまったし、客も顔見知りが増えてきた。
大学に入ってふらふらと何もせず遊んでいた銀時に、このコンビニの店長お登勢が見るに見かねて雇ってくれたのが始まりだった。

「別にあのまま遊んでても良かったのによー。」

遊び倒していた1年の頃が懐かしい。
あの頃はまだきゃっきゃとはしゃいでいたが、3年にもなるといくらか落ち着いてくる。
落ち着きすぎて此処の所遊んですらいない。

「合コン行きてー。」

そう言えば、最近飲みにすら顔を出さなくなってしまったと、銀時は重たい溜め息をついた。
それというのも、人手が足りないのを理由にほぼ毎日このコンビニでバイトをしているせいである。

「ったく、ババアの野郎。人使いが荒いったらねぇよ。」

自給上げろコンニャロー!と一人怒りを撒き散らしていると、レジに客がやって来たので、それに手際よく対応してから来た時と同じようにやる気のない声で。

「ありっしたー。」

と見送った。
毎日毎日同じことの繰り返しでさすがに飽きてくる。
たまには何か面白いこと起きねーかなあー、と暇になった店内を見渡しながら銀時が溜め息をつくと、また入口の自動ドアがガーと開いた。

「しゃーませー。」

この言葉も一日何度発するか知れない。
どんな奴が入ってきたかなど心底興味ないため、銀時は無駄におでんをかき交ぜるなどして暇を弄んでいた。
が、ふいに耳に届いたその声にがばりと勢い良く顔を上げる。

「おでんも、頂いていいですか?」

耳に心地の良い優しい声。
その主を見やれば、それに相応しい、正に美少女が立っていた。

「は、はい!」

思わずどもってしまうも、彼女は気にするでもなくにっこりと微笑んで、じゃあ玉子と…と言葉を続ける。
それに返事を返しながら(どうにか震える手を叱咤して)ちらとその顔をもう一度盗み見た。
漆黒の髪を一つに結い上げ、うんとおでんを覗き込むその瞳は大きく肌は吸い込まれそうに白い。
ほんのり桃色に染まった頬に、長い睫毛。
それのどれをとっても銀時の心臓はばくばくと早鐘をうって血が騒いだ。
つまりは、ドストライクの好みの顔なのである。

「あと、大根も下さい。」
「あ、はい!」
「大根は一つでいいですよ。」
「いや、あの!サービスです!」

可愛い可愛いと心の中で何度も叫ぶ。
もう何でもサービスしてしまいたい。むしろ店内の物を全て彼女に差し出したい!
そんな馬鹿げたことを思いながら、銀時は目の前の彼女から目が離せないでいた。
初めて見る顔だが、この近くに住んでいるのだろうか。
今すぐアドレスを交換してお近づきになりたいと、鼻息を荒くして他の商品のバーコードを読む。
コンビニアルバイト万歳!と調子の良いことを思ったりなんかして。

「えと、以上で1022円に…」

どきどきと鳴りやまない心音を何とか誤魔化して彼女を見やれば、にっこりと微笑んでいる。
ああもう、可愛い!
思わず鼻の下が伸びてしまいそうになるが、お金を受け取る直前に、待ったと銀時の耳に、心地の良くない声が聞こえた。

「悪ィ、これも頼む。」
「…は?」

そう言って目の前に出された栄養補助食品。
ていうか何なのだこの男は。
いきなり現れて順番抜かしでもしようというのか。
彼女を差し置いて何て奴だ成敗してくれる。と銀時ががっとその男を睨み上げると、男は不思議そうに首を傾げてこちらを見つめていた。

「………………。」

その無駄に整った顔が心底憎たらしい。
さらっさらの黒髪が、自分の髪を馬鹿にしているようで腹が立つ。
と、銀時が全身で男を警戒していると、例の彼女があろうことかその男に微笑みかけたのだ。

「土方くん、おでんも追加いる?」
「あー…。いや、俺の好きなもん全部入ってるみてぇだし、大丈夫だ。」
「大根サービスしてもらっちゃった。」
「お、良かったな。」
「それより、また栄養補助食品?ちゃんとご飯は食べなきゃ駄目っていつも言ってるのに。」
「いや、レポートが重なるとつい、な。」

しかも何やら親密そうである。
そんな二人の様子に銀時が茫然としていると、土方と呼ばれる男がその手が止まっているのを見て、おいと声をかけてきた。
それについ止まってしまっていた頭を、銀時はフル稼働して、勢いに任せて土方の胸倉を掴み上げた。
これに驚いたのは、勿論掴まれた土方である。

「な…っ、」
「お前!彼女とどういう関係だァ!」

聞きたくない気もするが、聞かなければ納得が出来ない。
そんな銀時とは正反対に、突然の状況についていけていない土方は、その瞳をぱちぱちと何度か瞬かせてようやく口を開いた。

「…妙のことか?」
「妙だあ!?」

当たり前だが、彼女の名前すら初めて聞いた銀時にとって、当然のように彼女を呼び捨てにする土方に更に殺意を芽生えさせる。
これはつまりはそういうことなのだろうか。

「お前は彼女の何なんだって聞いてんだ。」
「彼氏だよ。」

ああ、やっぱり。
ようやく自分の置かれている状況が呑み込めた土方は、ばっと不機嫌を露わにして銀時の手を撥ね退けると、その目付きの悪い瞳を一層細めて銀時に警戒心を剥き出しにしてきた。

「いきなり何なんだ、てめェは。つか、妙の知り合いか?」

そう言って隣の妙を土方が見やると、妙は不思議そうにきょとんと首を傾げる。
勿論初対面なのだから知り合いのはずもないのだけれど。
だがしかし、銀時はカウンター越しに妙の手をぱっと取ると、至近距離でその漆黒の瞳を覗き込んだ。

「今から知り合うんだよ!あの、アドレス教えて下さい。」

これに激怒したのは勿論、土方である。
いきなり目の前で、自分の彼女を口説き落とそうとする男を黙って見逃すはずもない。

「てめェ!ふざけんな!」

誰のだと思ってんだ!と握られたその手を一瞬にして奪い返す。
そしてその腰をぐい、と引き寄せ妙を自分の腕の中に収めてしまった。

「あァ!お前彼女に何て事してくれてんだコラァ!」
「俺の彼女なんだから抱き締めたって何の問題もねェだろ!」
「大アリだァァァ!」

ぎゃあぎゃあと言い合いを始めてしまった二人を見やりながら、妙はどうしたものかと土方の腕の中でうんと唸った。
あろうことか、初対面なのに仲良しだなあ、とまで感じてしまう始末である。
だがしかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。
だっておでんが冷めちゃうわ。と、妙は若干ずれたことを思いながらゆっくりと土方の腕の中から抜け出した。

「土方くん。一緒にレポート作る時間、なくなっちゃうわよ?」

だからちょっと落ち着いて。
そういう意味を込めて、自分より随分と高い位置にある彼の頭をよしよしと撫でる。
すると、ようやく我に返ったのか、はっとして土方は妙を見下ろした。

「えっと…、店員さん?」
「坂田銀時って言います!」
「ふふ。坂田さん。全部でいくらになりますか?」
「あ、…っと、」

そして今度は銀時に向き直り、そう微笑むと、彼もまた落ち着きを取り戻したようでようやく自分の業務へと戻った。
何とか会計を無事終え、商品を受け取った土方はちっと舌打ちをして銀時を睨む。
が、銀時も負けじと彼を睨み返していた。

「彼氏だからっていい気になんなよ。」
「ふざけんな。二度と妙に近づくんじゃねぇ。」

がるる、と牙をむき出しにして敵意を露わにする二人に再度妙が声をかけるも、どうにも穏やかにはいかないらしい。
そんな二人を見やりながら妙は小さく溜め息をついて、土方の服を軽く引っ張った。

「もう、土方くんてば。」

意外にこういう所は子供っぽい彼を宥めてコンビニを後にする。
すると、後ろから銀時に声を掛けられて妙はくるりと振り向いた。

「また、来て下さい!」

その顔が何故だか可愛く感じられて、妙は、はい、と笑顔を返す。

「もう二度と来ねェよ!」
「お前は来なくてもいいんだよ!」

最後の最後まで言い争う二人を見つめながら、妙はくすくすとおかしそうに笑っていた。
心のどこかで、この出会いに運命にも似た何かを感じながら。







    end



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