Silver soul2

□痕に残る
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「神楽ァ!今すぐ保健室に来いっ!」


びりびりと鼓膜を揺するようなその怒声は、グラウンドを駆け回っていた彼女の耳にもしっかりと届いた。
その声に大人しく手にしていたボールを沖田に投げ渡し、神楽は言われた場所へと足を向ける。
ぺたぺたと何度通ったか知れない廊下を突き進み、これまた何度潜ったか知れない扉に手をかける。
がらがらと扉を横にスライドさせ、薬品の染みついた部屋をぐるりと見渡せば、きい、と椅子の軋む音がしてそちらに目を向けた。
そこには不機嫌そうにこちらを睨み付け、長い脚を組んでメガネのフレームを押し上げる男が一人。
神楽は彼を確認すると、えへへと人懐っこい笑みを見せて近寄った。
が、当の彼はそんなに甘い人間ではないらしい。


「笑い事じゃねぇっつうんだよ。」
「いたっ、」


容赦なく頭を叩かれ、神楽は恨みがましく彼を睨み上げる。
だが、それ以上の鋭さで睨み返されてしまい、神楽は大人しく小さく舌を出して両手をあげた。


「はいはい。降参アルよー。」


しかし、それでも彼の怒りは収まらないらしく、どうしたものかとまたぐるりと部屋を見渡した。
棚の中の薬品だとか、白いベッドだとか。
自分には無縁だと思っていたこの空間。
しかし彼が保険医である以上、自分は此処に何度だって訪れたくなるのだ。


「ほら、神楽。座れ。」
「わっ。」


そうやってきょろきょろしている内に、いつの間に傍にいたのか。
彼は神楽の腕を引くと丸い椅子に無理矢理座らせてしまう。
そして裸足の神楽の足を持ち上げると、その膝に鼻の奥がつんとする液体をどばっとかけて神楽を飛びあがらせた。


「いいったあ!」
「うるせぇ。じっとしてろ。」
「土方先生の鬼!悪魔!」
「こうなるまで放っておいたお前が悪いんだろ!」


ぴしゃり、とそう怒鳴られてしまっては神楽に返す言葉もない。
確かに小一時間前。
体育で派手に転んだ神楽は、それを見ていた土方に後で保健室に来いと言われていたのだ。
しかし、それを分かっていて先程までクラスメイトたちとドッジボールに勤しんでいた。
これは当然の報いだと言われれば、確かにそうなのだろう。


「ったく、黴菌が入ったらどうすんだ。」
「別にこれくらい平気よ。」
「痕が残ったらどうすんだよ。お前、女だろ。」
「別に、気にしないアル。」


今更傷の一つや二つ、気にすることもない。
子供の頃からやんちゃばかりしていた神楽の体には、いくつかの小さな傷が目立たない程度にだが残っていた。
が、今ではそれらを勲章だとすら思えてしまう。


「お前が気にしなくてもな。」


先程の荒い治療とは打って変わり。
するり、とガーゼが膝を撫でるその感覚に、神楽は僅かに足を引く。
が、それを許さない大きな手は、更に力をこめて彼女の足を引き寄せた。


「俺が、気にするんだよ。」


労わる様に直に触れた指に、体中の熱がその一点に集中する気がした。


「…それは、先生、だから?」


フレーム越しに見えたその瞳に一瞬光が宿る。
それが全てを見透かしているようで、子供の自分にはまだ直視できそうもなかった。
先生の手、熱い。
ただそれだけ。
神楽は焼けそうに熱い喉の奥からそれだけを絞り出す。


「俺が保険医である以上。お前の傷は全部、治してやるよ。」


神楽本人でさえも気付かなかった小さな擦り傷。
膝下を、彼の舌が這うことでぴりりと感じたその刺激に、ようやく痛い、と呟いた。


「ありがと、先生。」
「ああ。次からはもっと早くに来い。」
「うん。」


丁寧に包帯の巻かれた足をちらりと見て、神楽は扉に手をかける。
少しだけ振り向いたその先に見えた白い白衣に、じりと何かが焦げる音がした。


「怪我したら、また来るネ。」
「できたら怪我なんかしてほしくねーけどな。」
「でも、じゃないと此処に来れないヨ。」
「…痕に残らない怪我でも来い。」
「じゃあ、」


がらら、と扉を開けて閉める間際にもう一度だけ振り返る。


「私が、胸が痛いって言ったら、」


ほら、今も。


「ちゃんと、見てくれる?」


今も、火傷しそうなほどに熱い。
この想いを、彼はどうにかしてくれると言うのだろうか。


「見てやるよ。俺にしか、治せないんならな。」


閉めた扉に息を吐いて、神楽は裸足の足で廊下の冷たさを吸収する。
少しでも、この熱が治まってくれればいい。


「けど、先生。」


未だ残る薬品の匂いに、神楽は鼻をすん、と言わせてあの強い瞳を思い描く。


「この傷も、ずっとずっと痕になって残りそうヨ。」


そしたら絶対に責任とってもらうんだから、と足に力を込めて。
神楽は熱を冷ます様に廊下を全速力で駆け抜けた。






(怪我はして欲しくない)
(けど、会いたい)

(恋の病も有効ですか?)




    end



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